【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 20
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初めての皆さま、こんにちは。ゆきうさぎと申します☆
10月最終週から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。
着想は10代の終わり頃。元原稿が2014年作。
これをこのブログ用に加筆修正している間に、元原稿の1.5倍くらいの量になってしまいました 汗
楽しんで記事にしていきますので、よろしくお付き合い下さい。
『西暦2122年。――一ノ瀬天音(そら)は、二十二歳の国際宇宙気象観測所、通称ISSOM研修生。
天音の研修補助員(サポーターズ)で同居人の黄龍(ファンロン)は、三つ年上でベトナム出身の英才冷血宇宙飛行士。二人は一緒に暮らすうち、相手を意識するようになっていく。黄龍は余暇に、天音をISSB―Lab(国際宇宙植物園)、通称『楽園(エリュシオン)』への小旅行に誘うが、かつての兵役で負った神経毒の後遺症で錯乱状態に陥ってしまい――。』
読者のみなさま、いつも応援ありがとうございます!!
暖かく見守って下さるおかげで、なんとか毎日記事上げできています~~。なんかここ数回は本当に書くのがむずかしくて、ひたすらPCの前で書いては消し、書いては消し、唸ってます。。。苦笑
どうぞ、引き続きエリュシオンをお楽しみ下さい♪
【最初から読みたい方はこちら↓】
宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 7ー4(20)
黄龍は天音など目に入らぬ様子で、とつとつと話し続ける。
「だが我慢できなかった。俺はベトナム人だ。勝手に未来をあやつられ、人生を縛られている気がした。それで復讐したんだ。どうしても許せなかった――」
母を、という言葉を聞いて、耳をうたがった。
「お、お母さんを? どうして」
そのロシア人の養父を恨むならわかるけれど、なぜ対象が実の母親なの?
と、黄龍は哀れむように天音を見やった。
「母は元から大層綺麗な女だったが、妾になってからは異常なほど美貌を保つのに執着していた。金に糸目をつけず整形をくり返し、最後じゃまるで夜叉鬼のようだった」
母は養父だけじゃなく、有益とみれば誰彼かまわず色目を使っていた、と青年は吐き捨てる。
「わかるか。母は一度こうと決めたからには、やることがいちいち徹底していた。目的のためなら感情を捨てることも厭わない」
「……」
俺には母の考えていたことがよくわかる、と黄龍は言った。どうしてかわかるか。俺も同じ思いをしていたからだよ。
自分をとりまく下卑たまなざし。押さえつけ、自由を奪い、従えて思いのままにしようとする暴力。
何年もそういったものに囲まれているうち、胸に湧いてきたのは諦めでも絶望でも服従でもない。
怒りだ。
胸の内から爆発し、白く発光して、すべてを焼き尽くすような。
俺は絶対に負けない。俺を見下し、さげすんでいるこいつらを見返してやる。
利用しようとしてくるなら、利用仕返してやる。
どんなことをしてでも生き残り、這い上がり、いつか絶対に自由を勝ち取ってやる。
そのためなら、なにを犠牲にしようとも後悔しない――。
「ようするに俺はよく似ているんだ、あの母に。容姿も考え方もだ。だからあの売女が一番、大嫌いだった。まるで鏡を見ているようで――いつか俺もあいつのような血も涙もない冷酷な鬼になっちまうのかと思うと、母が憎くて恐ろしくて、たまらなかった」
やめて、と天音は震えだした。
「俺はずっと、母という存在を無視し続けていた。あいつが俺にすべてをかけ、その見返りに愛されたがっていたからだ。そうやって一番、効果的な方法であの女を傷つけた」
「黄龍、もうやめて」
「しょせんこの人生は、母の描いた虚構にすぎない。ならば俺とは何だ。嘘を終いにしたかった、まっとうに生きたい一心だった。でもそれは、あの女の生き様を全否定することと同義だった」
黄龍は自分の両手のひらをじっと見つめた。
「母の首を本当に絞めたのは……俺の、この手だ」
ぎゅうっと拳を握りしめる。
「この身体には冷たい鬼の血が流れている。その後もソマリアで――この汚い両手で、いままで何人殺してきた? そう考えるたび胸が苦しくなる。殺らなきゃ殺られてた、他に選択肢のない人生だった、だからって犯した罪が消せるわけじゃない」
天音、俺は人を殺す瞬間、なにも感じてないんだ、と黄龍は絞り出すような声で言った。
「俺のほうが生き残る価値があったなんて、到底思えない。なのにあの白い怒りにかられると、この腕はいつだって誰よりすばやく無慈悲に、相手の急所を突いちまう」
長い指が細かく震えている。
「わからない。俺は、なんのために今日まで生きている。今まで、生きてきてもよかったんだろうか……」
「ねえ、もう」
「俺の足枷は外れない。どこまで逃げても地獄から闇が追いかけてきて言うだろう、おまえなど楽園に入る資格はない、と」
「――やめてったら!」
乾いた音がした。
気づけば天音はけっこうな力で黄龍の横頬をひっぱたいていた。
「どうして、そんなふうに言うの」
「天音……」
「誰が見たってあなたは優れてる。私がやっとの思いで乗り越える壁を、あなたは易々と飛び越えてしまえる。うらやましいくらい、才能にあふれてるのにっ」
「馬鹿を言うな」
黄龍は片唇をつり上げながら、暗い目で天音を睨(ね)めつける。
「うらやましいだ? この人殺しの才能がか」
「ちがう、そんなんじゃない」
「知ったふうな口をきくなよ。おまえが俺の、何を理解しているって言うんだ――」
まなざしが刃物のようにするどくなる。天音は必死で気圧されないよう、耐えた。
(あなたがそうやって強がったって、私はもう知ってる――)
黄龍の怒りの奥底にある、深い悲しみも。癒えぬ傷も。絶望も。
(気づいて、黄龍。今あなたの心の中では、小さな子供が膝を抱えて、震えながら泣いてるじゃない)
だから、どんなに近づくなとはねつけられたって、逃げない。
もう、この人を独りにはしない。
「ま、まちがったって、いいじゃない!」
「なに」
「自分を許せないのは、黄龍が強い人だからよ。あの地球を見てよっ」
エリュシオンの空を指さす。
そこには昼間の月のように、青い惑星がぽつりと浮かんでいる。
「これだけ文明が進んで、みんながおかしいおかしいって思ってても、人間なんていまだに戦争も災害も、克服できていないじゃないっ」
人は、まちがわずには生きられない。もともと弱くて脆いの、と両手を広げて訴えた。
「そういう汚くて愚かで、それでも愛すべき生き物なのよ、あなたも私も!」
黄龍は黙っていた。天音は唇をかみしめる。
21に続く>>
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