【短編小説】『ただ、君に逢いたい』3(恋愛ファンタジー)
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「なあ、あんたさえ俺を受け入れてくれれば、俺は霧の国で生きていけるんだろう。
たのむトウカ、このとおりだ。
どうか精霊の王に取りついで、このままここにいさせてくれ」
深々と頭を下げる男のうなじを眺めながら、トウカは奥歯を噛みしめた。
自分より上背もある立派な体躯の男が――なんて無防備な姿を晒(さら)しているんだ。
「やめろ。私に取り入ろうとしても無駄だぞ」
いたたまれなくなって、顔をそむけた。
わかっている。
ヤトラはただ、トウカが砦を守る戦乙女(いくさおとめ)だから、こうやって最大の礼をつくしているだけで。
きっと先刻の接吻だって挨拶代わりで、深い意味などないはずで。
(くそっ、『死にたがり』め……!)
この砦にたどりつく人間は、たいていが生命(いのち)の草ねらいの賊徒、あるいは道に迷った俗物、まれに神樹伝説の真偽を確かめに来た賢者というところだった。
だが中にはヤトラのような者もいると、話に聞いてはいた。
(おまえは本当にそれでいいのか……?)
――ちりん、心の中で鈴が鳴る。
そう、問わずともすでに答えは出ている。
ヤトラは精霊とも共鳴できる心を持つ。合格だろう。王はこの人間を受け入れる。
なのに今、無性にそのことが腹立たしく哀しくて、どうしても素直にうんと言ってやることができなかった。
「――そろそろ機嫌を直したらどうだ」
また夜泣き鳥が鳴いた翌日、書き付けを持って小屋を出たトウカを追い、ヤトラはあきれたように声をかけてきた。
「気にさわったのなら謝ると、何度も言っているだろう?
いい加減、口をきいたらどうだ」
まったく世に名高い戦乙女が、まさかこんな強情っぱりの子供(がき)だったとはな、聞こえよがしにつぶやかれ、トウカは思わずむっと後ろをふり返った。
それを待っていたかのように、ヤトラはひょいとトウカの手から書状を取る。
トウカにわざと届かない高さに持ち上げながら、くだんの大木のうろに軽く押しこんだ。
「それにしても、この木は……すごいな。二百年は前からここに生えているんじゃないか」
「っ、『王の木』に軽々しく触るな!」
怒鳴ってしまってから、しまったと口に指をあてたが、もう遅かった。
「……王の木? なんの話だ」
トウカをしゃべらせるのに成功したヤトラは、嬉しそうににやにやしている。
「そうだ。その木は精霊王の目であり、耳だ。そして私たちの母でもある」
不可解な顔をする男を見上げ、トウカは腰に手を当てると精一杯、胸をはった。
「ヤトラ。おまえたち人は、子を母親の胎内に宿すそうだな。だが私たち精霊は子供は産まない。子が欲しければ、王の木に託すんだ」
「なに」
「精霊の男女は夫婦になると、魂を重ね合わせる。その魂の一部を、王の木の養分として吸わせるんだ」
不可解な顔をする男を無視し、話し続けた。
「すると木はその霊動を受けて花を咲かせ、実をつける。やがて、たわわに実った果実の中からは夫婦の幼児が生まれてくる。人間のように赤子ではなく、な――」
「は。冗談だろう、そんなおとぎ話……」
「本当のことだ。精霊は嘘は言わない。もし掟を破れば、王がその者の魂を木に喰わせる」
ヤトラはぎょっとしたようすで大木から手を離した。
「だが、王の木にも一つ難点があってな。人が生命(いのち)の草とありがたがる星蘭(せいらん)草が、近くで花粉を飛ばさないと、花芽が出ないんだ……」
「この薄紅の花は、星蘭(せいらん)草じゃないのか」
「それは桜蘭(おうらん)草だ。似ているが葉の形がちがう。茎(くき)に毒を持つ、うかつに触るなよ」
トウカは目をふせ、いとおしむように王の木を撫でた。
なるほど、とヤトラは呟(つぶや)く。
「しかしトウカ、いいのか? そんな話を俺に明かして。それはもしや、あんたたち精霊族にとって極秘事項ってやつなんじゃ――」
「かまわない。というより、問題はそこじゃない」トウカは穴のあくほど男の目を見つめると「ヤトラ、おまえは精霊じゃない。人だ」
「なんだ、藪(やぶ)から棒に」
「人は精霊同士のように、夫婦になっても魂を重ねたりはできない。つまり、この国で暮らすつもりなら……おまえは精霊王の下僕(げぼく)となることはできても、一生こちらの者とは子をなせないんだ――」
結局、誰とも真にはつながれない。それでも霧の国に留まりたいのか、顔色を無くした男に言いはなつ。
「私は気休めは言わない。すべてを包み隠さず、おまえに話すと決めた」
強い光を緑の瞳にやどして相手を見た。
「いいか、いったん霧の国の住人になってしまえば、人間としてのおまえは死ぬ。だが肉体が滅んだところで人は、けっして人以外のものにはなれない……」
その4に続く>>
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