【短編恋愛ファンタジー】竜に告ぐ 6(終)
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みなさんこんにちは。ゆきうさぎです。
久々の自作小説を記事にしています。今回は「竜に告ぐ」というお話。
最初から読みたい方はこちら↓
6回連作予定で、今日は最終回☆
『北大陸のサリアード国、その王都リュウゼリアは古来より水の加護厚き聖地だった。十七になったアルダが医療院でようやく見習い仕事を覚えたころ、国の礼拝師を務める大貴族トッサ家の離れで出会ったのは、家長の一人息子、リュカだった――。』
読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪
竜に告ぐ 6
アルダはまぶたをしばたいた。
「どういう意味だ」
「わからないやつだな。おまえがあいつを拒んだから、竜は雨を降らせなくなったんじゃないのかって言ってるんだ!」
え、と息を飲む。トロイは切り込むようなまなざしで、こちらを見つめている。
ざわざわと胸がさざ波だって、ようやく言葉を絞り出した。
「そんな、馬鹿な――なぜ私が……だって私はもう……」
トロイはふう、と長いため息をついた。
「リュカはずっと、律儀におまえが戻るのを待ってたんだよ」
身体をずらしてアルダに近よると、そっと肩に指で触れる。
「だが、あいつは仙客だから。どういうわけか竜が怒り狂っている、この今の異常事態を収められるのはもう、リュカしかいないと礼拝師たちに判断されて、それで……成人の儀にかこつけて、竜を鎮める役を押しつけられたんだよ」
低い声を出す武人を、アルダはぼんやり眺めた。
「どういうこと。はっきり言ってくれないと、よくわからない」
「つまり、あいつは人身御供にされたも同じってことさ」
リュカが雨を乞う。それでもし竜が怒って奴を雷で打ったら、リュカとつながっている竜自身も自傷する、おそらくは、とトロイは言う。
「そうすれば結果的に竜の力は弱まるから、今回の日照りも終息する。――そう声高に吹聴する一派が礼拝師の中にいる」
「は? そんな、都合のいい話があるわけ……」
「眉唾な説だろう。が、直氏たちは自分たちに矛先がむけられるのを、なにより恐れている。だから本当の原因がなんであるかを追求するより、簡単でわかりやすい『標的』がいてくれたほうが都合が良いんだ」
トロイはわずかに唇を歪めた。
「リュカがダメなら、次にまた誰かをさらし者にすればいい。そうやって時間を稼いでいるうちに、うまいように事がおさまるかもしれない」
「馬鹿な。いい加減すぎやしないか、それは」
「まあ聞け。サリアードは北国だ。雨がなくとも冬になれば必ず雪が降る、直氏は誰も今年の日照りだけで国が滅ぶとは思っちゃいない。だが蓄えのない平氏には、このままで冬を越すのは正直、厳しい者もいるだろう」
一拍の間が落ちた。
「ま、そういう諸事情があってな。恋敵の願いを聞いてやってる俺もつくづく阿呆だが、どうしてもおまえを連れてきてほしいと頼まれた時、断れなかったんだ」
それにリュカのやつ、なにか……腹をくくった目をしてた、とトロイは言った。
「ああいう捨て身の目をした男は俺の経験上、なにをするかわからんぞ、アルダ」
アルダは顔色を変えてトロイを見やる。
「脅すのは、やめてくれ」
「やっぱりな。おまえ、あの見目麗しい正統派に心底、惚れてるんだろう?」
いいから、いい加減にくだらん意地を張るのはよせ、とトロイは苦笑してアルダを見た。
「かつて手をかけて可愛がってた相手に、盾になられたり慈しまれるのが嫌なのか。だからおまえは、男心がわからないっていうんだよ。どこの世界に、好きな女に庇われたい男がいるんだ」
女を守るのが男ってもんだろうが、とトロイは諭すように言う。
「なあ、泣いても笑ってもこれが最後の縁だとは思わないか。この式典を逃したら、どのみちもう、おまえみたいなやつが、あいつに会える機会はないと思え」
――おまえ本当に、それでもいいのか。
静かに打ちすえるような言葉がずん、と腹に響く。
半年間、忘れようとして叶わなかったまなざしが鮮烈に脳裏に蘇り、切なく胸を焼いた。
「私は……」
知らず、引き結んだ唇が震えた。
そうだ。私は、まちがってた。
リュカが遠くへ行ってしまった? そうじゃない。
線を引いて、遠ざかっていたのは私のほうだ。
かつて守りたかったのもリュカなら、いつのまにか適わないほど大きくなったのもリュカで。
あの人はただ、ありのままそこにいて、いつだって笑ってくれていたのに。
(一目でいいから、会いたい……!)
そう思ったとたん、アルダの瞳から涙が零れ落ちた。
その様子を見守っていたトロイがぽつりと言った。
「戻るか。リュウゼリアに」
「戻る。私を連れていってくれるか」
アルダは手の甲で涙をぬぐい、しゃくり上げながらうなずく。
するとトロイはわずかに笑んで、アルダの頭を優しく撫でた。
「もちろん。じゃあすぐに出るぞ、支度しろ」
気づけば無我夢中で荷物をまとめていた。
診療から戻った父は、アルダの泣きはらした顔を見るや、何も言わずに娘を送り出してくれた。
トロイの操る馬に乗り、途中、宿を取りつつ早駆けして二日半。
それは夢にまで見た都の風景だった。行き交う雑踏。旅人を呼びこむ宿屋の声。整備された街並み、煌(きら)めく噴水、王宮。医療院。そして――祈祷所。
心がきゅっと締めつけられる。
時が戻っていく。愛しい者がすぐ隣にいた、幸せすぎるあのころに。
気づけば祈祷所の門構えを眺めていた。
そのむこうに続くのは内殿(うちどの)の白亜の石床。
サリアードの礼拝師は成人する際、皆の見ている前で竜神に真心こめた誓いを立てる。そして生涯、自らの言葉を守り抜くという。
(それが、宣誓の儀……)
平氏の身で祭殿に近づけはしないだろうが、せめて遠くからでも見守ってやろう。
大空へ飛んで行ったリュカが今なにを言うのか、見当もつかないが。
『――畏(かしこ)き竜よ、我が意を聞き届けたまえ』
アルダは近衛兵団を率いるトロイとともに、祭殿を見わたせる奥庭後方に立ち、軽く頭(こうべ)を垂れながら、懐かしい澄んだ声を聞く。
四方を巨大な円柱で取り囲まれた四角い祭殿には屋根がない。ただ中央に白亜の高台がしつらえてある。
その台に上れるのはただ一人。
抜けるような青空の下、きっかり正午に式は始まった。
祭殿を取り囲むようにしつらえられた内殿は屋根つきで、王や直氏たちの参列者で埋め尽くされている。皆一様に肘掛け椅子に座り、聖帯を肩にかけた青い礼服姿だった。
そのさらに後ろ、解放された祈祷所正面の広場には都の平氏たちが大勢集まり、成り行きを見つめていた。
だが祭殿に立つのはリュカ一人きりだ。
人々はちらちらと天を仰ぎ見、いつ黒雲がたちこめるかを危惧していた。
萎縮した雰囲気の中、リュカは重々しく露天の祭壇にハヤの木の枝を置く。
そして祝詞(のりと)を上げ始めた。
古聖語を使っていたが、内容はアルダにも理解できるものだった。
『竜よ。俺はあなたの鱗によって、神の領域を垣間見る機会を得た。
おかげであなたの喜びと哀しみを、肌で理解することもできた』
あなたが俺に輝石を授けた意味を、俺はずっと考え続けてきた、とリュカは言った。
『竜よ。ひょっとしてあなたが俺を導いたのは、俺の孤独というものが……あなたもよく知る痛みだったからか。
この悩みは本来、生き物には必要のない苦痛だ――人は喰うか喰われるかの連鎖から解き放たれ、かつて神が辿った道を追っている』
あの礼拝師はさっきからなにを話しているんだ、と誰かが苛立った声をあげる。
さっさと竜に願い出ればいいのに。雨を降らして、この国を救ってくれと。
しかしリュカはまるで観衆などいないかのように、とつとつと話し続けた。
『俺はこの先も、あなたの目となり耳となり、この世の真理を仙客(サウロ)として追い続けるだろう。――だが俺は人であることを捨てたくない。かつて空から見た、あの無数の光のうちの一つでいい』
参列者たちがざわめいた。
どういうことだ。あれは一体、何を言っている。
そうこうするうち空に薄い雲がかかりはじめ、人々はますます不安そうに天を見上げた。
「竜よ!」
と、突然リュカは古聖語をやめ、平氏にもわかる普通の話し言葉で大声を上げた。
「己が自分の足で立っていなければ、他人を支えることはできないのと同じように……、俺のこの心がまず自由でなければ、誰の心も、解き放てはしない!」
あなたの心もだ、と天にむかって両腕を突き出し、叫ぶ。
だから今日この時をもち、俺は天を捨てて地に降りる。
この都を去り、これからは愛する人の傍で生きたいのだ。
どうか、親愛なる神よ。旅立つことを許したまえ。
「竜よ、今までありがとう。忘れないでくれ、俺とあなたの絆は消えない。どこでなにをしていようとも、あなたは一人じゃない。この輝石にかけて、俺の魂はいつでも、あなたと共にある――」
リュカが祝詞(のりと)を奏上し終えた時、祈祷所はしん、と静まり返っていた。
かつて畏れ多き竜神に、こんな不遜な祈りをささげた礼拝師はいなかったからだ。
しかも……、雨乞いはどうした。
今、あの礼拝師はなんと言った?
こんな公の場で、課せられた使命を果たさなかったばかりか、奴は王の手足として生きる道をも放棄すると……宣言したような。
いつのまにか灰色の雲が青空を覆いはじめ、遠くで雷鳴がとどろく。人々はどよめいた。
――あいつ、神の光に打たれるぞ。
近衛兵、リュカを捕らえよ、これは神への冒涜だ、と大臣の一人が慌てふためいて怒鳴ったが、トロイは動きだそうとする兵士たちを、待てと手で制した。
「浮き足立つな。皆これからなにが起きるか、よく見届けろ!」
アルダはトロイを見上げた。気づけば武人はなんともいえない表情で忍び笑っていた。かすかに肩を震わせながら。
「ああ、そういうことか。俺はてっきり、リュカの空しさに竜が感応したのかと思っていたが――、逆だったのか。そりゃ、そうだよなぁ」
しょせん竜ほど長命強大な生き物の思惑なんて、並の人間ごときの尺度じゃ推し量れないよな、とトロイは呟く。
「くそっ、負けた。都中の人間が流行病を恐れ、浮き足立っている中で……、あいつだけは全然別な、もっとずっと大きな視点から冷静に、この事態を読んでいたんだ。なんて強靱な信念だよ……」
たぶん竜はもう長いこと心が弱っていたのだ。
だから仙客を必要とした。
なのに人は手前勝手に、ただ雨を降らせろ、病を治せと、望みをがなりたてるばかりで。
「アルダ。俺はもし今日あいつが失敗したら、今度こそ本気でおまえを手に入れるつもりだった。でもしかたがない、認めてやろう……あいつは本物で、おまえが必要だってことも」
アルダは目を見張りながら喉を鳴らす。
そう。リュカは見抜いていたのだ。
普段は人前に姿すら現そうとしない竜が、本当はなにに傷つき、悩んでいたのかを。
「……雨だ!」
その時、平氏の間から歓声が上がった。
「天から雨が!」
人々のどよめきはしだいに大きくなり、誰かが中空をするどく指さす。
「天啓だ、見ろ、寿(ことほ)ぐように虹がかかって」
茫然とするアルダの頬を、水の粒が次々に打つ。
見えない手で撫でるように優しく。
これは、竜の涙……?
――竜が応えた。
奥庭に広場に、歓喜の声が湧き上がる。
アルダが天空を見上げると、雲間の虹の先に一瞬だけ、輝石に似た輝きを見た気がした。
まだ信じられない。しかしリュカは赦されたのだ。
一か八か、自由に生きる未来を掴むほうにすべてをかけ、そして見事に勝ち取った。
「どういうことだ。この雨は神のご意志なのか」
「ってことは、リュカ・オン・スン・トッサの処遇は……?」
兵士たちが興奮して声をかけあっている。
「無論、おとがめなしだろう」
「でもあの礼拝師、さっき王の側を辞するような発言をしていたじゃないか」
「――いいや。こうなった手前、いっかな陛下とてリュカのやることにはもう、口出しできないだろう。なぜならこれは、そもそも成人の儀だからな。礼拝師が自らの意志を神に宣誓する場だぞ。そしてその願いはたった今、皆の目前で承認された!」
トロイが部下達を制すにしては少々大げさな、内殿まで響く大声を張り上げた。
それからアルダの肩を叩き前方を指さす。
視線を下げると、ちょうどリュカがこちらを見、ちらりと笑ったところだった。
その口が大きく動く。
――待っててくれ、アルダ。もうすぐ、傍に行く。
アルダはすらりと姿勢を正したその佇(たたず)まいを見て息を飲んだ。
そうだった。出会ったころからリュカは意地っ張りで、己を曲げることが大嫌いで、人一倍寂しがりで。
心も身体も成長して、今じゃなにもかも適わないくらい大きく強くなったのに、肝心な部分だけは昔となにも変わらない。
もう迷わない。支え、理解し、生きていく。
熱い想いがこみ上げてきて、喉が震えた。
アルダは夢中で両手を振って合図すると、愛しい人にうなずいた。
了
おまけ・恋歌2
唐突に始まったこのコーナー。鬱屈感漂う世の中をなんとか少しでも明るく~をモットーに、ゆきうさぎお気に入りの歌を紹介しております☆
今回は「竜に告ぐ」終了に合わせて、しっとりとラブな歌にしてみました。
四曲目は「ED Sheeran- Perfect」
この物語(と歌)が、少しでも皆さまのお心に、なにか響くモノを残せますように。
次回はあとがき>>【短編恋愛ファンタジー】竜に告ぐ あとがき - Home, happy home
それでは、また。
ごきげんよう。
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