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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【短編恋愛ファンタジー】竜に告ぐ 5

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みなさんこんにちは。ゆきうさぎです。
久々の自作小説を記事にしています。今回は「竜に告ぐ」というお話。
最初から読みたい方はこちら↓

yukiusagi-home.hatenablog.com

6回連作予定で、今日は5回目です。

『北大陸のサリアード国、その王都リュウゼリアは古来より水の加護厚き聖地だった。十七になったアルダが医療院でようやく見習い仕事を覚えたころ、国の礼拝師を務める大貴族トッサ家の離れで出会ったのは、家長の一人息子、リュカだった――。』


読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪ 

竜に告ぐ 5

物好きにも、あの王の覚えめでたい武人はこれまで何度かアルダに求婚をほのめかす言動をしてきたのだが、今のところ完全に無視している。

「おいおい、トロイに何か吹きこまれたのか? 言っておくが私はまだ人妻になる気はない。一体なんのために医療士になったと思ってるんだ」

冗談めかして返したとたん、

「仙客(サウロ)となった俺の身体の神秘を、生涯かけて解き明かすため――じゃ駄目か」

リュカの目に強い光が走るのを見て、一瞬、言葉を失った。

「なにを言ってる……っ?!」

慌てて言いかけてアルダは目を見開いた。
いつのまにかリュカが自分を抱きすくめている。
腕をほどこうと身をよじるのに、思いのほか力が強くてまったく動けない。

「この三年間、俺がアルダをどんな気持ちで見ていたのか……本当に、なにもわかってなかったのか?」

呆然としながらアルダは悟った。
――これは私が慈しんだ弟じゃない。
同じ顔をした、まったく知らない青年だ。

「俺は、アルダが好きだ」

リュカの澄んだ声に迷いはなかった。
はじかれるように顔を上げると、唇が落ちてきた。

「初めて会った日からずっと……今も、これからも変わらない」

それは、不意打ちの口づけ。
硬い胸にすっぽり埋まりながら、リュカの心臓の鼓動を感じる。
顔が火照(ほて)って、たまらずアルダは顔をそむけ、喘いだ。

「やめ……リュカ」

とたん長い指が頬にかかり、また唇が重なった。
息つぐ暇さえない性急な接吻に、痛いほど青年の想いを感じて胸が苦しくなる。

「アルダ、どこにも行くな。俺の傍(そば)にいろ」

やがて切ない囁きが耳にかかる。心臓がぎゅうっと熱くなった。

そんなことは無理だとわかっているはずなのに。
リュカは名門の直氏(スヴェン)だ。しかも今や特別な力を持ち、国の命運すら左右できる地位にある。

だがそれでも、この腕を振りほどけないのはなぜなのだろう。

青年のぬくもりが波のごとくアルダの全身を包みこんだ。
奔流(ほんりゅう)にさらわれるような錯覚に陥りながら、ようやく気づく。

――私は、なんて勘違いを。

気づけばいつも隣にいた。今まで誰より身近で見守ってきた。
まるで運命に導かれるように……当然のように。
でもそれが可能だったのは、いつだってリュカが心を開いて、手をさしのべてくれていたから。
おそらく平氏(テジ)の娘と一緒にいるのに、いい顔をしない者だって多かっただろうに、そんなことはおくびにもださないで。

気遣っているつもりが、いつのまにか気遣われていた。
守っているつもりが、守られていた。
なんてことだ。

「俺はトロイにも、誰にも……アルダを渡したくない」

かすれた声で、熱っぽくリュカが呟く。

「アルダは? 俺を、どう思ってるんだ」

(私だって……できることなら、ずっと一緒にいたい!)

リュカを独り占めしたい。弟としてなんかじゃなく、この人を愛せたら。
そんなふうに思う自分に驚愕する。

(ダメだ、私のわがままが通るわけがない)

好むと好まざるとにかかわらず――神の片腕として生きる運命を、この青年はすでに背負っている。
これからリュカの持つ力に、救いを見出す大勢の人だっているはずだ。

「……っ」

どうしたらいいのか、わからない。
喉の奥に苦いものがこみあげてきて、涙が出た。

アルダはたまらずリュカの胸に額を押し付けると嗚咽した。
やがて思い切ったように顔を上げると、途方にくれたような瞳がこちらを見返してくる。

「……私は、ここには留まれない」

「どうして?」

「父が待ってる」

そう告げると、リュカの瞳から光が失せる。

「都とちがって、郷(さと)に医療士は少ないんだ。幼いころ私は、自分に人を助ける力がないのがたまらなく嫌だった……だから」

唇を噛みしめた。

「だから、私は帰らなければ。リュカにも私にも、為すべき事があるはずだ」

「アルダ。――それは、本心か」

その時の青年の声は水のごとく静かだったが、計り知れぬ威圧感を伴っていた。
もしかしたら人知を超えた者の前に立つというのは、こういう感覚なのかもしれない。

それはたとえるならば、深い湖の中にもぐりこんだような。
銀砂をまいた星空に溶けこんだような。

心の中を、なにもかも見透かされているようで、アルダは小さく震えた。
初めてリュカを怖いと思う。

今、離れなければ、私はこの渦に飲みこまれてしまう。
抗いがたい力に逆らいながら、ようやく言葉を絞り出す。

「残念だが……おまえの気持ちに、私は応えられない、リュカ」

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あの別れから半年。あっという間だった。
アルダは父とともに毎日忙しい日々を送っていた。
トロイからは再三、戻ってこいと文が来たが、もはや返事を書く気すら失せて放ってある。

――今更、あそこへ行ってどうなる。

(私は平氏(テジ)だ)

生まれ落ちてから死ぬまで、土にまみれて生きる。この宿命は変わらない。

こうして深い山郷(やまざと)に戻ってみればーートッサ家の離れですごした医療院の三年間は遠い幻想の過去にあって、現実(ほんとう)にあったこととも思えない。

郷外(さとはず)れの渓流からほど近い、質素な木組みの平屋。
私の居場所はあの瀟洒(しょうしゃ)な離れではなく、大地に根を下ろしたここにある。

(ここには私の心をかきみだし、熱くするものはなにもないけれど……なにものにもかえがたい、穏やかな静寂がある)

――だから、これで良かったんだ。

柔らかい晩秋の木漏れ日が心地よい昼だった。
大きな網籠に山で摘んだばかりの薬草を入れたアルダが家に戻ると、狭い居間の炉端に見覚えのある武人が胡坐をかいていた。

「わっ、なんだトロイか、びっくりした。……どうしてここに?!」

「なんだとはなんだ。たまの休暇を返上して、こんな片田舎にまで来てやったってのに」

トロイは大仰に肩を竦めると、質素ななりの少年のようなアルダを見てため息をついた。

「あいかわらずな女だな」

目でそこに座れと横を指し示し、上衣の合わせ目からおもむろに白い封書を取り出すや、正座したアルダの前に軽く叩きつけた。

「さあ、読め」

蜜ろうの封緘(ふうかん)には見覚えがある。
盃に巻き付く双頭竜。トッサ家の家紋だ。

「……いやだ」

「強情なやつだな、読んでやれよ。これでも書くほうは必死なんだぜ?」

今までトロイからの恋文を無視していた手前、突き返すこともはばかられ、しぶしぶ封を開けてみれば、それはリュカの成人の儀に関する招待状だった。

直氏(スヴェン)は平氏(テジ)にない通過儀礼が多く存在する。アルダは式に参列してほしいとの趣旨の文面に目を走らせ、ちらりと幼なじみの武人に目をやった。

「要件は理解した。でも……トロイが伝令役を買って出るほど、リュカと仲が良くなっていたとは。どういう風の吹き回しなんだか。全然知らなかった」

「ふん。これも知らないだろうから教えてやるが、あいつは今、かなりまずい状況に追いこまれているんだぞ」

じつのところ都周辺では、もう半年近くまとまった雨が降っていないんだ、とトロイは言った。

「今じゃ干上がった湖から巻き上がった砂風が、常に都の上空を覆っている。そのほこりっぽい空気を吸いこんだ者たちから、次々に胸の病が流行りだして……」

苦い顔で幼なじみは腕組みする。
アルダは炉で白湯を湧かし、慣れた手つきで茶を入れると、トロイの前に置いた。

「そうなのか。そんな話、この郷には一切伝わってきていないぞ。どういう胸の病?」

「けっこう重篤な流行病だ。死人も出ている。この事実が知れ渡ったら国中がおかしくなるからな。都から外へ出る者たちには、戒厳令が敷かれているんだよ」

民が口止めされた内容を漏らしたら、俺たち近衛兵がそいつを牢へぶちこむって算段だ、とトロイは吐き捨てる。

「だが、いわれのない実害をこうむると、人ってのは誰かを責めたくなる生き物だからな。王が悪い、いや直氏のせいだと誰かが騒ぎ出す。で、そのうちやり玉に挙がったのが礼拝師だ」

「え……」

「たちまち、雨が降らないのは礼拝師たちの力量が無いせいだという話になって、王は『もっと仙客を増やせ』と祈祷所に命じた」

「リュカがいるのに?」

「権力者ってのは、まあ普通に欲張りだからな」

そこで三人の少年が選ばれ、儀式が行われた。
けれど誰も宝鱗を得られなかったばかりか、その三人は祭事を司った礼拝師もろとも、天より放たれた落雷で命を落とした――。

「まさか、その礼拝師って」

「慌てるな。死んだのはリュカの実の親父さんだ。しかし黒焦げになった旦那と対面したトッサの奥方は、ショックで寝こんじまったらしい――」

アルダはなにも言えず、相手を見つめた。
精悍な面差しのトロイは心なしか頬がこけて、やつれたように見えた。
がぶりと茶を一飲みすると、

「いいか。しかも、この事件は単なる皮切りだったんだ」

「??」

「以来、礼拝師が祭事を行うと、必ず祭殿に同席する誰かが雷に打たれるようになった。直氏も平氏も関係なくな」

取り調べをするような目をして、トロイはアルダの顔をのぞきこんだ。

「仙客は竜と一心同体だ。つまりリュカの不調は竜に伝わる。……本当は、おまえのせいだったりしてな、アルダ」
 

その6に続く>>【短編恋愛ファンタジー】竜に告ぐ 6 - Home, happy home

おまけ・恋歌

前々回から唐突に始まったこのコーナー。
重苦しい世の中の閉塞感を打破したい!

ということで、ゆきうさぎお気に入りの歌を紹介しております☆
三曲目は「AudienーCrazy Love
www.youtube.com


思えばわたくし、小学校時代をドイツのインターですごしておりまして、その頃ちょうどスクールバスで流れていたのが、とにかくマイケル・ジャクソン。も~、毎日マイケル。耳タコになってもまだマイケル!たぶん同じバスの上級生で好きな人がいたんだと思う。
あと記憶にあるのはゴースト・バスターズの主題歌、バック・トウー・ザ・フューチャーも流行っていました、そんな時代です。

ちなみにドイツはテクノの国(もちろんクラシックもさかん)、隣のイギリスはロックの国。インターはアメリカナイズ。
と、いうわけで、たぶん人生で初めて買ったCDはマイケル・ジャクソンの「BAD」。

どうも最初にインプットされた音やリズムというものは、その後の人生にも多大なる影響を与えているようで。
この三曲目のCrazy loveはドイツで聞いていたテクノになんとなく近しい、懐かしい感じがするんですよね。

お気に召せば幸いです。

それでは、また。
ごきげんよう

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