【自作恋愛ファンタジー】小夜恋歌 3
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こんにちは。ゆきうさぎです。
自作短編小説『小夜恋歌』を記事にしてます。
6回連作予定で、今日は3回目。
『裕福な商人の娘アリアに、郷(さと)一番の鍛冶師の息子リュゼ、郷長(さとおさ)の跡継ぎのハル。まるで羊駱駝(ビクーニャ)の子のように仲良く育った三人は、母国サウラと隣国ティカの戦いに巻きこまれ、運命を翻弄されていく――。』
三人の関係が切ないファンタジー。
読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪
小夜恋歌(さよこいうた) 3
「……『私がしっかり面倒をみてあげなくちゃ心配』的な、幼馴染(おさななじみ)?」
「おーい。なんだよそれ。俺ってば、おまえの目にはそんなに頼りねーのか」
ハルは大仰に肩を落とすとうめき、頭をがしがし掻(か)いた。
「なあ、アリア。俺、これでもずいぶん強くなったし、名も知られるようになったんだぜぇ」
腕を曲げて力こぶを作って見せる。
「知ってます」
たしかにハルは前年、サウラ国王が主催した武術大会で最上位の成績をおさめていた。
「だけどお人よしで、すぐ騙されるでしょ」
その武術大会で下賜された賞金を、ハルが帰り道にそっくり詐欺師に盗られたのは、もはや郷(さと)の語り草だ。
「ハルはたしかえらく美人な女の人に、泣かれたのよね? 子供が十人いて、全員病気で飢え死にしそうで。家は火事で無くなって、財産は甲斐性無しの夫に持ち逃げされたって」
「――っ、その話はもう忘れろよっ!」
「無理。だいたい私が忘れたって、他の人が忘れない」
「……じゃ、俺はもっと努力して、アリアのお眼鏡にかなうような男になるとするか」
と、リュゼが涼風のごとく微笑んだ。
切れ長の黒い瞳に、かすかな熱を宿して。
アリアはどきりとした。
(リュゼ……?)
まだなにか言いたげなまなざし。
急にリュゼが他人になってしまったようで、心がざわつく。
「ねえリュゼ、ハル。私たち、これからもずっと一緒にいられるわよね?」
とっさに、言葉が口をついて出ていた。
「なにがあったって、私は二人を本当の兄弟みたいに大切に思ってるから。だからお願い、いつまでも変わらず、今のままの関係でいてね? 約束よ」
そう、いつまでも子供の時と同じように。
気兼ねなく冗談を言い合い、じゃれあって、腹の底から笑い合えるような。
なのに、そう言ったとたんハルはしまったという表情になった。
昔、つまみ食いしてはいけないお菓子をこっそり食べて、それが母親たちにバレた時の顔にそっくりだ。
これは……ひょっとして、聞きたくない台詞を耳にしてしまったという意味なんだろうか。
「なによハル。ダメなの?」
思わず語気を荒げると、
「お、おう。いいぜ、うん」
「いいのかハル、そんな安請け合いして」
リュゼはため息をついてハルの肩を叩くと、アリアに向き直った。
「悪いが、アリア。俺はそういうことを、軽々しく口約束はできない――」
アリアはむっとしてリュゼにくってかかる。
「なんで?!」
「なんでって……そうやって、アリアがいつまでも駄々っ子みたいだからだよ」
アリアは頬に朱を散らし、ぐっと息を飲んだ。
駄々っ子ですって。泣き虫リュゼなんかに子供扱いされるなんて、まったく納得がいかない。悔しい。だけど、なにか言い返したいのに、どうしても言葉が出てこない。
――だって、こんな大人の眼をするリュゼを……私は知らない。
それから三月、今年の夏は思いのほか長く、ウリシュでも様々な豊穣祭が行われた。
ハルは急ぎ足で月神殿の庭を横切っていた。
(ええと、たしかこの小神殿脇の通路をぬけて……その先が宿舎だったような)
嫁入り前に行儀作法を身に着けるためとはいえ、巫女見習いのアリアは神殿の仕事に忙殺されているらしく、母親たちの話では泊まりこみで働いているとのことだった。
ウリシュは高地だ。夏とはいえ今夜もよく冷えて、月あかりが眩しい。
(アリアのやつ、まだ寝てねーだろうな)
ハルが女官たちの暮らす奥殿に忍びこむのは、じつはこれが初めてではない。
しかし以前、アリアの忘れ物をこっそり見習い部屋へ届けにきてやって、女官長に大目玉を食らった経験がある身としては、なるべく速やかに用事を終えて帰りたいのが本音だった。
手に握りしめた組紐にちらりと目をやり、唇を引き結ぶ。
これから、戦場に行く。立派なサウラの成人男子なら、誰しも当然の選択だ。アリアはなぜだとうるさく噛みついてくるが、俺たちは女じゃない。子供を産み育てられない以上、やれることは限られている。
力のかぎり守って支え、切り開いて、生かす。この国を。
立ち還る故郷を。魂のよりどころを。
自分たちの愛する者に、けっして不自由な思いはさせたくない。
最初に徴兵に応じたのはリュゼだった。
ならば俺もとしぶる両親を説得し、ようやく目途がたったのが今朝のことだ。
魔除けの組紐に祈りを込めて巻いてもらうのは、どう考えてもやはりアリアしかいなかった。
(しっかしあいつ、綺麗になったよな……)
昔は活発で男児によくまちがわれたアリアだが、年頃になってめっきり女っぽくなった。
長いまつげに覆われた群青の瞳ははっとするくらい美しいし、あの細く艶のある長い藍色の髪ときたら――思わず触れてみたくなるような繊細さだ。
(それなのにあいつ、自分の身体の変化には全然、無頓着だからなー。参るぜ)
気持ちはまだ子供でも、柔らかな頬やしなやかな腕はもういっぱしの女なのだ。
何気ない仕草のたびにそういうものを間近で見せつけられると、阿呆のようにどぎまぎしてしまう。
(ま、やっぱり俺って、なんのかんの言ってもあいつに惚れてるからな)
ハルは苦笑した。
自分だって年相応に美人や色っぽい娘がいれば目は行くが、物心ついて以来、律儀に想いをよせ続けているのはアリアだけだ。
通路を抜けて壁を軽々と乗り越え、その先の大木を横切り、ようやく見覚えのある石回廊にさしかかった時、アリアの見習い部屋から押し殺した声が聞こえた。
(なんだ?)
ハルは壁づたいに小窓をのぞきこみ、息を飲んだ。
リュゼがいる。なんで。
心底、困ったような顔をしている。
その前でなにか、必死に言い募っているのはアリアだった。
「……だからっ。いつも祈りを捧げていた神鏡が割れたの。この冬の戦(いくさ)で大勢の兵士が死ぬ前兆なんだって。お願い、リュゼ。戦場には、行かないで!」
「アリア。今更、決めたことを曲げるわけにはいかないんだ。ハルも志願したっていうし、俺はこの戦に行かなきゃならない」
「行かなきゃならないって、どういう意味?!」
アリアは本気で怒っている。それが証拠に頬は紅潮し、双眸はきらきらと部屋の灯りを写して輝いていた。
「嘘つき! ずっと私の傍(そば)にいてくれるって言ったじゃない! 私を好きだって!」
なんだって。
「私を好きなら戦になんか行かないで、郷に残ってよ。ねえ、リュゼ、お願い……!」
腹の奥がずうんと冷え、頭を殴られたような気がして、ハルはその場に立ちつくした。
その4に続く>>
【自作恋愛ファンタジー】小夜恋歌 4 - Home, happy home
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