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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【自作短編ファンタジー】山賊王とバーリヤッドの死神 5

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みなさん、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
昨日から、自作短編小説『山賊王とバーリヤッドの死神』を記事にしてます。
6回連作予定で、今日は5回目。

『シンバ国、王都バーリヤッド城の地下水牢には、陰気な噂があった。
古代、シンバの王たちが冥府の神に生け贄の儀式を行っていた、暗くて深い洞窟には今――血に飢えた闇の獣が巣くっており、夜な夜な人の笑い声にも似た咆哮を上げるという。その声を聴いた囚人は、ことごとく死神の餌食になる運命だとも。さて、捕らえられた山賊ユラの運命やいかに?』

前回の「ラダールの花薬師」と比べると、多少ダークです。でもって、ゆきうさぎの中では勝手に、ユラの声は声優の諏訪部順一さんイメージで再生されてます 笑

読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪


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山賊王とバーリヤッドの死神 5

 だいたいユラは勝手すぎるのだ。心の奥底まで見通すような目をして、一番触れられたくない部分をいとも簡単に暴いてしまう。

自分でもいつからユラを好きだったのか、全然わからない。

酒好きで、元貴族のくせに汚れた装いでも全然平気で、神出鬼没で……こんな身勝手な人を好きになってしまっては身が持たない。

それでも離れてしまったら、ずっと会いたくて、声が聞きたくて、ただ名前を呼んでほしくて――涙が出た。

主人を案じてか、後ろで獣が唸り始める。大丈夫だよ、もう怖くない、コトナは呟く。

かつてユラは、私を救ってくれた。今度は私が助ける番だ。なんとしても外に連れ出す。

そうすれば――ファティマによれば、牢獄のすぐ傍(そば)まで、ユラの部下たちが変装して忍んできているはずだ。

(この人を逃がせば、サハルは絶対に私を許さない。きっとまた闇に堕とされる。だけど、ユラさえ元気でいてくれれば……それでいい)

そう心に決めた瞬間だった。

唐突に、鬣犬が鳴き始めた。

まるで人の笑い声のような不気味な咆哮はどんどん強く、大きくなる。

しまいに耳をふさぎたくなるほどの大音声を上げると、牢の扉に巨体を体当たりさせ、突き破って、一気に階段を駆け上がっていった。

「どういうこと……?!」

呆然と獣の背を見送ったコトナは、短く悲鳴を上げた。

獣が勢いよく扉を壊したせいで壁に亀裂が入り、ゆっくり崩れ始めたのだ。

「ユラ! 大変、天井が!」

「わかってる。その鍵を貸せ、ずらかるぞ」

「う、うん」

言われるがままに鍵をさしだした瞬間、コトナは悲鳴を上げて自分の首筋を押さえた。

なんだろう、斑紋のあるあたりがひどく熱い。

痛みはどくどく脈打ち、移動して心臓をしめつけ、さらに下降する。

胃の腑がよじれそうだ。なにかが腹の中で暴れ狂っている。

苦しい。どうしよう、息ができない。

「あ、身体が……動かな……っ」

こんなこと初めてだ、どうしたの私、意識が飛びそう。

でもいやだ困る、だってユラを……今こそ助けなくちゃいけないのに!

やっとのことで声を絞り出す。

「逃げて、ユラ……あ、あなただけ、でも」

と、ぱき、となにかが音を立てて身体の奥でくだけた。

――その時コトナは、たしかにあり得ない幻の中にいた。

執政の間で家臣と談笑していたサハルが、こちらを向くや驚愕の表情を浮かべる。

柘榴石よくも、と叫んだ王の喉首から大量の血しぶきが上がり、恐怖に歪んだ顔が傾いて、骨をかみ砕く嫌な音が響いた。

周囲の人々が悲鳴をあげて離れ、広間は騒然となる。この視野の主は。……まちがいない、いつも自分に従っていたあの鬣犬(たてがみいぬ)だ。

――コトナ。ヨウヤク、トキ放タレタネ。

その獣が、唐突に人語を話した。
誰? この懐かしい声の主を私は知ってる。

――コレデ私モ古巣ヘ戻レル。ヨカッタ。サヨウナラ、愛シイ子。

コトナはあっと目を見開いた。

そうだ。今、全部思い出した、私は。

「お……母さ……」

膝から力が抜け、ぐらり、倒れ落ちる寸前、力強い腕が自分を抱きとめた――気がした。
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――お母さん、ここはどこなの。

遠い記憶の波の中で、幼子の高い声が響く。

ここはおまえの亡くなった父さんと私が初めて出会った場所さ、と、つないだ手の先で、泣きたいほど懐かしい声が答える。

あたりは針葉樹の深い森だった。しけった土と、柔らかなコケと、胸がすっとなる木々の香り。

――いいかい、よくお聞き。ここから先は人の世界だ。だから私はこれ以上は進めない。でもねコトナ、おまえにはこちらで生きる権利もあるんだよ。

見ておいで、とあの日、お母さんは言ったのだ。

――コトナ。どうか、まっさらな心で感じておいで。おまえの未来はどこまでも自由なんだ。今までいた母さんの世界と、この父さんの世界と。好きな方を選んでいいんだよ。

ただしいいかい、街道の先へはけっして行っちゃいけない。今日はあちらから、どうにも嫌な風が吹いている。

そう、あの運命の日。

コトナはただただ、嬉しかった。

初めて肌に感じる暖かな陽の光、川のせせらぎ、鳥のさえずり、生き物に満ちた優しい世界。

それまで母さんと暮らした処だって居心地は良かったけれど、あそこは不思議と日中でも空は紫で、太陽ははるか遠くで燃える陽炎のよう、月の光のほうがずっと白く大きく明るかった。

今まではそれが当たり前だと思っていたから、こんなに空気が軽くて陽気なのが、妙におかしくて。

心のままに走り回り、土の上を転げ回って、思うさま笑った。

こちらでは時間も踊るようにすぎた。

だから気づかなかったのだ。泉の水を飲み、木々の枝を伝って飛び、霧中で遊び回る間にいつの間にか街道の外へ出ていたことなど。

どうしてそうなったのか、わからない。

我に返った時はもう、手遅れだった。

いやに反響する大音量で吠え立てながら、猟犬たちがコトナを取り囲んでいた。

おそらく身体に染みついていたお母さんの匂いが、犬たちを駆り立てたのだろう。

獲物を狙ってかつかつ鳴る牙が空を切り、コトナは思わず両手で顔を庇って膝を折った。


けれども最悪の瞬間は訪れず、代わりにコトナの周囲で悲鳴を上げ、血まみれになって絶命したのは犬たちのほうだった。

――コトナ。大事ないかい、怪我は?!

お母さんが来てくれたからだ。

コトナは獣型に戻った母の首にすがりつき、しゃにむに腕を回した。

お母さんは強い。いつだって一番強くて優しい。

それなのに、母は唸るのをやめなかった。

――これは……鬣犬か。良い見つけ物をした。その幼子は、おまえの子だな。

虫も殺さぬ顔をして、近づいてきた青年は柔和に微笑んだ。その身なりは、みるからに高貴な身分とわかる装束に包まれていて、むせるように甘い花と血の香りがした。

青年はコトナを見定めるように眺め、コトナはしびれたように動けなくなった。すると相手は薄く笑い、胸元からあの――柘榴色の宝石を取り出したのだ。

その6に続く>>

【自作短編ファンタジー】山賊王とバーリヤッドの死神 6(終) - Home, happy home

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