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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【自作恋愛ファンタジー】小夜恋歌 5

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こんにちは。ゆきうさぎです。
自作短編小説『小夜恋歌』を記事にしてます。
6回連作予定で、今日は5回目。

『裕福な商人の娘アリアに、郷(さと)一番の鍛冶師の息子リュゼ、郷長(さとおさ)の跡継ぎのハル。まるで羊駱駝(ビクーニャ)の子のように仲良く育った三人は、母国サウラと隣国ティカの戦いに巻きこまれ、運命を翻弄されていく――。』

三人の関係が切ないファンタジー

読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪

小夜恋歌(さよこいうた) 5

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ぼんやり泉を眺めていると、ふいにアリアが顔をゆがめた。

「ねえ、いつまでそんな亡霊みたいな顔をしているつもり? ハルのお母さんが心配して、私に様子を見てきてくれって」

「ったく。おふくろのやつ、いつまで子供(ガキ)扱いしてんだか」

ハルは力なく苦笑してマントを羽織る。その隣にアリアは座った。やにわにハルの右手を取ると、自らの帯に挟んでいたものを取り出す。

「おまえっ、それ、どこで……!」

ハルは息を飲んだ。
あの日捨てたはずの組紐が、アリアの手で自分の手首に巻かれていく。

丁寧に端と端を結び合わせると、アリアはハルの手を取って自分の額につけ、まぶたを閉じて祈りを捧げた。

「……出征前の朝に、リュゼが言ったの。『もしもハルだけ郷に戻った時は、あいつにこれを巻いてやってほしい』って」

ハルは思わず息を飲んだ。
あの戦の薄い眠りの日々、何度も夢に見た愛おしい瞳が、今、こんな間近で自分を見上げている。リュゼではなく、自分だけを。

焦げつくような熱い想いが腹底から湧き上がってくるのを、ハルは呆然と受け止めた。

(だめだ。今、アリアを抱きしめちまったら、もう……)

動き出そうとする腕を無理やり押しこめ、視線をそらして泉を睨む。
するとアリアが意を決したように口を開いた。

「ねえ、ハル。あなたは知ってた? リュゼは生まれた時に、『この子はいずれ戦で邪視を使って滅ぶ』と予言されていたって」

ハルは瞠目した。思わず隣に顔をむけると、やっぱり、その様子じゃ知らなかったのよね、とアリアは納得したようにうなずいた。

「リュゼのご先祖様は、その昔、天より降臨した翼持つ神と結縁したそうよ。それ以来、一族からは異能者が多く輩出されるようになったんですって」


このウリシュの巫女様たちも、ナザルから来た巫覡一族には一目置いていて、時々、神殿に招いて託宣の解釈を相談したりもしていたの、とアリアは言った。

「一族の予言は絶対に外れないんだって。だからリュゼは昔から、ずっとそのことを気にしてた」

「なんだって」

「リュゼは優しいから、自分の力を異端だと言って疎んでいた。よく泣いてたわ、怖いって。『この眼は命を呪う。人を恐怖のどん底へたたき落とす。だいたい他者を呪えば、それは自分にもかならず跳ね返ってくるはずだ。だからきっと、俺はロクな死に方はできないだろう。どうしてもっと、マシな力を得て生まれなかったんだ。もっと他人の役に立つような、明るい力だったらよかったのに』って――」

それでも一族は、今回のリュゼの戦役を歓迎したそうよ、とアリアは呟く。

「戦で邪視の威力を見れば、権力者たちは巫覡の力をもはや無視できない。一族はふたたびこのサウラ国で隆盛を極められるって。ね、馬鹿みたいな理由よね?」

アリアは膝に顎を埋めると、きゅっと両腕を抱きしめた。

「その話、おまえ、いつ知ったんだよ……」

「小さい頃からぽつぽつは聞いてたけど、全部ちゃんと知ったのは一年前。リュゼに告白された時よ。笑い飛ばしてやったわ。なに真剣に悩んでるの?! 一族の手前勝手な夢のために、あなたが死んでやる必要なんかないでしょ、って」

ハルは額に手を当てた。

「でもあいつ、そんな話、俺には一度も……っ」

――言えなかったのだ。唇を噛んだ。

俺があいつを避けていたからか。 どうして気づいてやれなかったんだろう、傍にいながら。己の愚かさ加減に腹が立つ。

「ハルが組紐を落としていったあの夜、私、リュゼに言ったの。『どうしても戦に行くなら、もう止めない。でももし私を本当に愛してくれているのなら、戦場で邪視を使うのだけはやめるって、月の女神に誓って。それだけは約束して。じゃなきゃ絶対、行かせない!』って」

「……」

「あの人は誓ってくれた。だから私も送り出した。でもリュゼは邪視を使った――ねえハル、私が今更こんな話をするのはどうしてか、わかる?」

アリアは顔をあげてすん、と短く洟をすすった。目の周りが心なしか赤い。

「リュゼはね、ハルに生きててほしかったのよ」

「な……」

「あの人は言ってた。ハルは自分にとって兄弟以上に、かけがえのない存在なんだって。だからハルが危うくなった時には、迷わず眼を使うって。そこだけは譲れないって」

人とちがう力を持って生まれたことで、きっとリュゼ自身もずっと邪視に囚われてたんだと思うの、とアリアは言った。

「リュゼにとってあの赤く光る眼は、怨念と血の呪縛そのものだった。それを笑い飛ばし、断ち切ったのはハル、あなただったの……」

ハルはかすかに喉を鳴らした。目の前に、昔のリュゼの幼い面差(おもざ)しが蘇る。

――ハル、おまえは俺が気味悪くないのか。

いつだっただろう、初めてあの瞳が赤くなるのを見たのは。

あれはそう、たしかこの泉の奥の林で、蛇が小鳥の巣に忍びよるのを見かけた時だった。
蛇はリュゼの一睨みで枝から落ち、よろよろと繁みの中に逃げていき、自分はただ単純に感嘆した。だから答えた。

――リュゼが気味悪いか、だって?
俺はおまえの友だろ。友達を気色悪がってどうする? だいたい異能の力なんてのは結局、優れた武器や道具と一緒で、使うやつの気持ちで良くも悪くも変わるんじゃねえの。
リュゼが善いやつだってのは……俺が一番よく知ってるよ。

「……っ」

ハルの双眸から涙が流れ落ちた。たまらず目頭を手で押さえる。

あの時自分は、たいして深く考えもせず、脳天気に笑ってリュゼの肩を叩いた。
それから幾度、同じ問いを投げかけられただろう。

――面倒くさいやつだなー、何度同じことを言わすんだ?
 
「リュゼの、大馬鹿野郎……っ」

勝手に感謝して。俺をありがたがって。

「どうしてだっ……あいつが死ななくたって、よかったのに……っ」

アリアは黙って腕をさしのばすと、嗚咽するハルの頭を胸に抱きよせた。
細い腕ごしに山蛍の乱舞する姿が、涙でぼんやりにじんで見える。

ごめんな、リュゼ。
アリアとこうして座っているのは、本当はおまえのはずだったのに。

どうしてあいつを無視できたんだ、もっとなにか話せたはずだ……けど、今になって魂が枯れるほど後悔したって――堂々巡りじゃないか。もう、二度と会えないんだ。
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その6に続く>>

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