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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【自作恋愛ファンタジー】小夜恋歌 6(終)

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こんにちは。ゆきうさぎです。
自作短編小説『小夜恋歌』を記事にしてます。
6回連作予定で、今日は最終回。早っ。エリュシオン後だとやっぱり相当すぐ終わる感……苦笑

『裕福な商人の娘アリアに、郷(さと)一番の鍛冶師の息子リュゼ、郷長(さとおさ)の跡継ぎのハル。まるで羊駱駝(ビクーニャ)の子のように仲良く育った三人は、母国サウラと隣国ティカの戦いに巻きこまれ、運命を翻弄されていく――。』

三人の関係が切ないファンタジー

読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪

小夜恋歌(さよこいうた) 6

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去年までは、戦なんてものは殺して殺して、殺し合って、殺し抜いて、その殺戮の果てに最後まで己が立っていられればそれでいい、それがすべてなんだと思っていた。

知らなかった。
友の命を失うってことが、のちの自分の人生にとってどんな意味を持つのか。

この罪はもう、償えない。
俺はこれから先ずっと、この刃でえぐられるような痛みを背負っていかなきゃならないのか。――一生。

蛍の薄い光が瞬くたびに、楽しかった過去の遠い記憶がひとつづつ蘇っては消え、蘇っては消えた。

どれくらいそうしていただろう。
ハルはようやく身じろいだ。

「悪かったな、アリア。気ぃ使わせて」

「……ううん」

腕を解き、アリアが次の言葉を待っている。ハルはその気配を察して、重たい口を開いた。

「――どうしても不平等だと思ったんだ。だから、この泉まで来た。一人で少し、頭を冷やして考えたかった」

「うん」

「俺たち、みんな同じ年に生まれた。同じように食って、怒って、笑って、泣いて育った」

「うん」

「でもこれからは同じじゃない。あいつの時はもう終いで、俺とアリアにはまだ先がある。けどその違いには、なんの基準も公正さもない。……あいつがなにをした? 神は理不尽だ!」

たたきつけるように声を荒げると、アリアはかぶりを振った。

「……それでも夜を越えていかなくちゃ。だってリュゼはもう、いないんだから……」

花のような声が掠れている。
ハルははっとして隣を見やった。
いつのまにか、アリアの頬は涙でぐっしょり濡れていた。

「あ……すまない、アリア、俺は……っ」

そうだ、辛いのは俺だけじゃない。むしろアリアのほうが。
俺はなにをやってるんだ。ここで、こいつに頼ってどうする。

唇をゆがめ、拳をひそかに握りしめた。
と、自分の手首に巻かれた組紐に目がいく。

「なあ……さっき、この組紐になんて願いをこめたんだ?」

「……にって」

「え?」

アリアは涙を指で払うとハルを見上げた。

「『どうかハルは、私より先に逝きませんように』って、月の女神様にお願いしたの」

「な……」

約束してよ、と呟くと、夜空を見上げる。

「ハルまでいなくなったら、私、もう……どうやって生きたらいいのか、わからなくなるんだからね……」

「……」

「わかってる。ハルからしたら、なにをいまさら都合のいい、って話かもしれない。なじられたって仕方ないと思ってる。だけど、私は……ハルもリュゼもやっぱり大事だから……」

「もういい、アリア」

ハルはアリアの言葉を遮って言った。

「おまえが後ろめたく思うことなんてなにもない。俺は最初から、おまえが幸せならそれで良かったんだからな。そこはたぶんリュゼも一緒だぞ」

アリアが目を見張る。唇が震え、なにかを言おうとして開き、けっきょくなにも発しないまま引き結ばれる。ハルは力強く頷いた。

「だいたいおまえ、俺が器用な性格じゃないの、誰よりよく知ってるだろ。色々むずかしく考えるなよ。――これ、ずっと持っててくれて、ありがとな」

そう言って組紐の巻かれた手を振ると、アリアの顔はくしゃくしゃに歪んだ。

「ハル、ごめんね……っ、本当にごめんなさい、私は――」

こらえきれなくなったように立ち上がって前に進み出る。両手を組み、一呼吸おいてから、おもむろに巫女見習いの澄んだ声で鎮魂歌を口ずさみ始めた。

魂を慰める調べが泉の水面を渡り、夜の静寂に溶けていく。
その歌声にはアリアの震える感情がたっぷり滲んでいた。
ああ、俺たち二人、まるであの夜みたいな瞳を恋い慕う子供みたいだな、とハルはぼんやり思う。

――ハル。俺が死んだら、アリアを頼む。

その時ハルの耳に、突撃前の友の最期の言葉が響いた。

リュゼが声をかけてきた前後の記憶は、何度思い返しても定かでない。
あの時はおそらく体力の限界にあったのだろう。

そうだ。戦に出てからあの瞬間まで、互いにろくすっぽ会話すらしていなかった。
ハルを見つけて話しかけてきたリュゼの顔は血と泥で汚れ、あの眼だけが異様な輝きを放っていて。

両側を絶壁に囲まれた林。高山の天候は移ろいやすく、昨日降り積もったばかりの雪と渓流が撤退を阻んでいる。

隠れる場所などなかった。
次に攻めこまれたら全滅だ。
味方の誰もがそうわかっていた。

そして背中に担いだ矢は折れ、刀は血で粘り、周囲には倒れ伏した味方の死体が点々と転がって、敵の気配はすぐ後ろに迫っていた。

――俺が奴らを殲滅(せんめつ)する。ここから先へは行かせない。ハルは動ける奴らを連れて、今すぐ上流に退避しろ。

あの時、自分はなんと応じたのだったか。

馬鹿野郎、おまえは意地でも生きて帰りやがれ、アリアが待ってるじゃねえか、だいたいリュゼにばかりいい格好させてたまるかよーーとかなんとか喚(わめ)いた気がする。

あの瞬間は、わからなかった。
ようやく好きな女と結ばれたくせに、それを捨ててまで通したい、あいつなりの義があったなんて……思いもよらなかった。

――おう。そうだな。とにかく、あとでまた落ち合おう、ハル。

リュゼは久しぶりにまともに話せたのがさも嬉しいと言わんばかりに、くしゃりと笑い、片手をさし出したのだ。
そして自分たちは互いの手を取り合い、堅く握りしめ、まっすぐ視線を交わした。
幼い時からずっとしてきたように。真水の流れる如く、自然に。

あの時、リュゼのあの態度からは到底、死など覚悟しているようには思えなかった。
だからその直後、背中の敵の怒声が阿鼻叫喚に変わったのを感じた際にも、すぐにはなにが起きたのかわからなかった。

振り返って慌ててかけよった時には、もう、すべてが手遅れで。
何度呼びかけようとも、友のまぶたが開くことはなく――。

そうだ。リュゼの行動は常に謎だらけで……それでいて妙に筋が通っているようでもあり、いつも負けている気がして悔しかった。

ハルはじっと泉を見つめた。
夜の帳(とばり)の中、無数の命が優しく光り輝く。

この暗闇は死にも似ていて、それでいて決して無ではなく、むしろ生に満ちている。
まるであいつの瞳のように。

(……ここに来ればまた、リュゼに会えるような気がしたんだ)

そうか。あいつは昔から闘っていたんだ。たった独りで。

予言と死が、常にやつを監視していた。
だから限られた生の中でなにを成せば、憂いなくこの世を旅立てるのか――いつだって必死に考え、動いて、生きて。

(アリアに強引に告白したのも、初めからもうここには帰ってこられないのを、わかっていたからか……)

ハルは悄然として肩を落とした。
どこか遠くを見るような、あの友のまなざし。
今ならはっきりと理解できる。

リュゼの瞳はいつも、残された時間を見つめていたんだ。
そして精一杯、自分の時を生き切った。

『ハル。俺が死んだら、アリアを頼む』

(わかってる。アリアは俺が守る、かならず)

ハルは双眸に強い光を宿して泉を睨みつける。
これから俺は、おまえが歩けなかったぶんも含めて歩いていく。
だからどうか……、俺たちのこの先を見守っていてくれ、リュゼ。

アリアが抑揚をつけ、最後の一節を歌い終わる。
祈りが止んだ。
――静寂。

「……さてと、いいかげん帰らないとな。すっかり暗くなっちまった」


ハルはおもむろに伸びをして立ち上がり、アリアの横に立った。
アリアが気遣うようにハルを見上げてくる。ハルは深呼吸すると笑ってみせた。

「もう振り返らない。リュゼが俺たちを見てる」

「……うん」

「それでも辛くなったら、二人でここに来よう。俺はリュゼに話すように、おまえにも話すから」

「うん」

「よし。じゃ行くぞ、アリア」

山蛍が一匹、行き過ぎる。

――ありがとう。

誰かがそう耳元で呟くのを、ハルはたしかにその時、聞いた気がした。

     了 

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いかがでしたでしょうか? 明日はあとがき回です。お楽しみに。

(12月18日更新:あとがきはこちら↓)

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