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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 28

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初めての皆さま、こんにちは。ゆきうさぎと申します☆
10月最終週から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。

着想は10代の終わり頃。元原稿が2014年作。

『西暦2122年。――一ノ瀬天音(そら)は、二十二歳の国際宇宙気象観測所、通称ISSOM研修生。

天音の研修補助員(サポーターズ)で同居人の黄龍(ファンロン)は、三つ年上でベトナム出身の英才冷血宇宙飛行士。二人は一緒に暮らすうち、相手を意識するようになっていく。二人で出かけたISSB―Lab(国際宇宙植物園)、通称『楽園(エリュシオン)』への旅行で、天音は黄龍の複雑な生い立ちを知り心を寄せる。しかしふたたび戻ったISSOMでは、天音の気持ちとは裏腹に不穏な計画が進行していくのだった――。』

なお今日と明日はボーナス回です。お話上、どうにもキリが悪いので、いつもより分量多めで載せちゃいます(特に明日)。
読者のみなさま、引き続きエリュシオンをお楽しみ下さい♪
【最初から読みたい方はこちら↓】

yukiusagi-home.hatenablog.com

宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 10ー3(28)

「寒い……あ、あたし……まだ死にたくないよぉ、ファンロン」

どうして、と双眸が訴えている。それはまだ半信半疑の目だった。

本当に自分は今、ここで命を終えなくてはならないのか。こんな簡単にあっけなく。

「騙されたんだよね、あたしさ、あの人たちがなんでも奢ってくれるって言うから……あああ」

恨めしそうに呟くと、

「お母さぁんっ、誰か助けて、あたし彼氏だってまだいないのに、なんで……?」

死への恐怖と驚きと、困惑と。

すべての感情が強烈に入り交じったこの瞳を、俺も浩宇もすでに幾度となく地球で目にしてきた。

「――大丈夫、あんたは助かるさ」

唐突に浩宇がそう口走った。

エレンが焦点の合わなくなった目でぼんやりと声の主を見上げる。

「俺たちが来た、ラッキーだったなエレン」

知っていた。こいつの軽口がいつも、ただの気休めなことを。

だが俺はなにも言わなかった。

浩宇は陽気に笑むと、うつろに中空を見るエレンの手を取って、ぎゅっと握りしめた。

「なあ。俺あんたの彼氏になってやろうか」

「は……なに言ってんのよ」

こんな時に馬鹿じゃないのと言われても浩宇はめげない。

「俺ほら、今、フリーだから」

「そう……なんだ?」

「いいから気をしっかり持て、これから病院に運んでやる。輸血の準備も整ってる、たぶん手術は全身麻酔だ。そうだ、あんた注射って平気な口か?」

「ハオユー、あたし、なんだか目がかすんで……暗い」

「今夜一晩はかかるだろうが、次に目が覚めた時は万事うまく回ってる。だからなんも心配するな、俺にまかせろ」

「……うん、わかっ……た」

エレンはそれを聞くと、ようやく安心したように浩宇に力を預け、ふっと目を閉じた。

「あんたさ、食べるの好きだろ。退院したらなんでも奢ってやるよ。何にするか考えとけよな、ちなみに俺のオススメは」

「――浩宇」

「俺のオススメは、やっぱ中華だな。つっても最初っから肉はねえだろうから、薬膳粥なんかはどうだ?」

「浩宇やめろ」

俺は首を振る。浩宇がわずかに身じろぐ。

エレンの頬はいつのまにかえらく青白くなっていて、目の下の隈が異常なくらい紫になっていた。

浩宇は赤茶色に濡れた半身をそっと外して、動かなくなった者を地に横たえた。

「……くそ。こんな場所に、いきなり訳もわからずつれこまれて、刺されて、独りで。さぞ痛くて怖かっただろうな」

こいつが何したっていうんだよっ、と浩宇はたまらないといった体で吐き捨てた。エレンは非戦闘員だぞ。ただの噂好きな太っちょ女じゃないか。

「こいつ、売り飛ばされねえで今、刺されたってことは、たぶんなにか見ちまったんだろ、黄龍。奴らにとって都合の悪いモノを……」

エレンは知りたがりだから、と浩宇は言う。でも、なにを見たんだろう。

「わからない。刺した男達も上からの指示でやったようだ」

そうだ。エレンはただの噂好きの太っちょ女だから、刺殺された。

だがこれがもし戦闘員だったら目を潰され、鼻を削がれて、ありとあらゆる苦しみと辱めを受けた上でトドメを刺されるだろう。なぜならそれが『梟』のやり口だからだ。

脳裏に、惨殺された部下たちの遺骸を初めて見つけた時の衝撃がよぎった。

あの時、ただ一人だけ虫の息だった奴がいる。浩宇が義兄の契を交わした男。

あの中国人は功夫(カンフー)の使い手ですこぶる強かった。一匹狼だったが仲間思いで皆に慕われていて。

しかし『梟』を騙して窮地に立たせ、激怒させた張本人でもあった。

諜報は軍の上層部からの指示で、あの男自身の意志じゃない。

だが俺が見つけた時、浩宇の義兄は死ぬに死にきれぬ無残な身体で、見せしめとして現場に残されていた。

そして浩宇に『頼むから早く殺してくれ』と訴え、介錯されてようよう、こときれた――。

『梟』はそうやって、その残虐非道さでいつも人を恐怖に陥れてきた。

奴は戦術の天才、それもまた事実。
しかし根本的にまちがっていることが一つある。

「――恐怖じゃ、この世界は支配できない」

「? なんだって黄龍?」

なぜなら押さえきれぬ憤怒が恐怖を凌駕した時、人は人でなくなるからだ。

「……今度こそ『梟』の息の根を止める」

そう言うと、俺の心中を察したのか、浩宇はつい先刻ジムで真意を試したのが嘘のように、ひどく控えめに聞いてきた。

黄龍。エレンの遺体はどうする?」

「誰かに引き取りにこさせろ。まだ間に合うはずだ、明日になる前に本国に送ってやれ」

「了解」

足早に迷路のようなコンテナを駆けていく浩宇。

その後ろ姿を見送りながら、ふつふつと腹の奥で白い熱がたぎりはじめるのを感じる。

空を仰ぐと、満天の星が瞬いている。

天音。あいつ、親友が殺されたなんて知ったら、どうするかな。泣くだろうな。あいつの泣き顔はこの世で一番、苦手だ。

もうすぐ祭りが始まる。

明日になれば天音は驚き、恐怖し、戸惑うだろう。でもこの星々に誓って、あいつにだけは俺が手を出させない。そのためにならどんな醜い化け物になったっていい。


目をつぶって深く息を吐く。

明日、日が昇ったら、俺は鬼になる。

――もう、迷わない。

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 29に続く>>

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