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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【短編小説】集英社短編小説新人賞・もう一歩作品『ベトナムの、宵空に誓う』1

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みなさま、こんにちは。ゆきうさぎです。

さて私事ながら、今週は懸賞小説の応募〆切が迫っている関係で、現在ゆきうさぎ絶賛長編原稿推敲中です!

子供達は夏休みで家事もある、イベントもある。

ということで勝手ながら今週は詩エッセイ「夢たび」はお休みし、送付する手元の原稿チェックに全力傾注することにしました。「二兎を追う者は一兎をも得ず」といいますものね。

しかしながら、このままブログごとまるっとお休みするのも気が引けるので、過去に書いた短編小説(原稿用紙30枚)を記事にすることにしました。

1日原稿5枚ペースで上げて、6日間目処・1作品掲載完了予定です♪

それでは、お楽しみ下さい☆

 

【短編小説】『ベトナムの、宵空に誓う』 その1

 朝六時、Tシャツと短パンに着替えて階下に行くと、ゴキブリより大きなコオロギが跳ねていた。

 

ベージュ色の絨毯の上。
まただ、一匹二匹じゃない。
二十畳のリビングと十畳のダイニング合わせて二十匹超。


みぞおちの奥から怒りとも恐怖ともつかない感情がこみ上げ、叫び出したいのを必死に堪える。

 

エアコンの冷房を入れ、ゴミ箱の片隅(かたすみ)に置いてあるハエ叩きをつかむや、手当たり次第に玄関のほうへ追い立てていく。

 

 華菜(はな)の家は南部ベトナムのリゾート地にあって、建物だけで百坪、庭は三百坪の豪邸だ。街でサンソンと言えばここではビバリーヒルズばりの高級住宅地で、庶民の憧れエリア。

たしかにすばらしく広い洋館だし、鉄条網のついた高壁の入り口には常時三人のガードマン、通いのメイドが一人、修繕担当の人足だって十人は下(くだ)らない。

 

そんな豪華な借り上げ社宅、文句なんて言っちゃだめよ、多少古たてつけが悪くても我慢しなくちゃー的なことを、国際電話をかけてくる実家の母はつらつら口にするけれど。

 

この量と体格のコオロギ群を前にしても、まだ逃げ出さずに同じことが言えるのか。

一度やってみろと華菜は思う。

 

 贅沢がしたいから良介(りょうすけ)と結婚したんじゃない。好きで調査会社の仕事を辞めたわけでも、日本人世帯がほとんどいない、ホーチミンまで車で三時間もかかるこんな田舎街に、三歳の娘連れで住んでいるわけでもない。

  何年も夫婦別居しながら幼い娘を保育園にあずけて日本で一人働くより、家族一緒のほうがいいと思った。だからここに来ただけ。

 

だいたい華菜は帰国子女なのだ。小中で六年もドイツに住んでいたのに、いまさら外国の駐在生活に憧れなんてあるわけがない。

  早く、桜が起きる前に、この虫を全部外に出さなくちゃ。あの子は顔に飛びかかられそうになってから巨大虫を怖がるようになった。

 

ハエ叩きの先端に何匹かが引っかかり、毛の生えた足を落としていく。舌打ちしつつそれをティッシュでつまんでゴミ箱に放(ほう)りこむ。

 

 良介は出張で視察に出ており、二週間は帰ってこない。メイドのファンさんには一度この苦境をうったえたが、ああ春節(テト)が終わるとこの虫の季節なんだよ、これ北部では食べるんだよと言われてから相談するのをやめた。

 

なにかというとファンさんはすぐ、食べ物の話に論点をすり替(か)える。英語とベトナム語の混ざった難解(なんかい)な言葉を発する五十女の顔に同情の色はなく、あるのはただ無知な外人に知恵を授けてやったという自信に満ちた笑みだけだ。

 

 誰もわかってくれない。だから? 悲嘆する暇なんてない。ここに来たのは自分の意志だ。私がなんとかするしかない――桜を守るのは私の役目なんだから。

 

 急いで部屋を整え、長い長い廊下を移動し、だだっ広い台所へ行き、朝ご飯を作る。目玉焼きとキュウリとトマトのサラダにマンゴーフルーツ盛り。それと白飯、味噌汁。

台所脇にある洗濯場へ行き、洗濯機へ洗い物を放りこんで、料理を全部お盆に乗せてリビングへ。

 

十人座れる立派なダイニングテーブルを横目に、ため息をつく。
部屋が広いのも考え物だ。
しょうゆさし一つ忘れただけで、ずいぶん遠い台所までいちいち往復しなくちゃならない。

 

  二階に上がり、桜を起こしてきがえさせ、あたふたと朝食を食べていると門の脇の通用口が開いてバイクの入ってきたのが窓越しに見えた。

 

大変だ、いつもは大抵十分くらい遅刻するのに。思う間もなく玄関の扉が開き、綿の半袖シャツに黒い半ズボン姿のファンさんが合い鍵を開けて入ってくる。

 

「シンチャオ、サクラ~~」

 

 口をもごもごさせている娘にさっと近づくなり、食事中なのもかまわずハグすると、朝ご飯の内容をつぶさにチェックしてから、台所へ鼻歌交じりに去って行く。
ええと今日の買い物リストは。
華菜は手元のメモをチェックした。

 

食材は毎日、華菜がベトナム語にメモしたものをファンさんが市場に調達しにいく。
近場には日本のスーパーマーケットのような店はないし、市場の品物はなんでも店主と丁々発止の値段交渉の末でないと購入できないから、家つきメイド制を安易に廃止はできなかった。

 

たとえファンさんの英語が意味不明で、態度に難ありでも。

 

 ベトナムでは年長者が完全優位なのだそうで、たとえ使用人でも私をうやまってしかるべきというオーラは常時ファンさんの背中から放出されている。
きっとあっちからすれば華菜なんて高収入な夫にラッキーにもただ寄生しているだけの、生意気で青い小娘にしか見えないのだろう。

 

「ママぁ、今日、カンちゃん遊びにくるー?」

「わかんない、来ないんじゃない。カンちゃんのママはパパの会社でお仕事してるから、お休みじゃない日は忙しいんだよ」

 「パパ、どうして毎日帰ってこないのー」

 「パパはタイへお仕事で旅行してるから」

  

その2へ続く>>

【短編小説】集英社短編小説新人賞・もう一歩作品『ベトナムの、宵空に誓う』2 - Home, happy home

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