育児主婦の思いを小説にしてみた『ステーショナリー・ワンダーランド』5
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初めましてのみなさま、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
ここのところ自作短編小説『ステーショナリー・ワンダーランド』を記事にしてます。
6回連作予定で、今日は5回目。
『夏休み、ショッピングモールの文房具屋に入った子連れ主婦・宇多子は、様々に並ぶ文房具を眺めながら、自分の来し方行く末をつらつら思い返していく――。』
読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪
ちなみにゆきうさぎ、10代のころから創作を始めまして、途中ブランクありましたが、もう10年以上は小説を書いてます。
懸賞小説にもときどき応募したり。予選に入ったり。そんなレベル。
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ステーショナリー・ワンダーランド 5
手帳コーナーの続きには日記が並んでいる。
大小さまざまな日記の端に、馴染み深いピンクと青の三年日記が置いてあった。
(知らなかった。この日記、今度はここに置かれてたんだ)
ハードカバー本のようにしっかりした装丁で、さりげない金色の文字で題名が書かれている育児日記帳。
まるで旧知の友に再会した気分だ。
宇多子は美咲にはピンクを、彰吾には青を――それぞれ三年間、毎日かかさず記した。
正直、この日記を毎日続けるのには根性がいった。
特に二人目の彰吾の時は美咲を抱えて書き記すのが大変で、何度挫折しそうになったことか。
子育ては、一日にしてならず。
妊娠と出産なんてほんの序の口。いったん赤ん坊がこの世に誕生してしまえば、その瞬間より妊婦は母となり……長い長い黒子人生がスタートする。
宇多子の姉などは初めて見た我が子に感激し、可愛くてしかたがなかったとつねづね話していたので、そういうものかと期待していたのだが、現実は感動的なTVドラマや映画のようにはいかなかった。
(ああ、今思い返しても最初の日から、色々と痛かったなぁ……)
出産は言わずもがな、痛い。
産んだあとの後陣痛も痛い。
骨盤ガクガクで立てないくらいの腰痛もきたし、母乳がつまって何度も高熱を出した。出血だって結局だらだらと数か月間続いた。
それに新生児の美咲ときたら眉毛はつながっているし、背中に鬣(たてがみ)もどきまで生えていたのだ。
まるで赤子というより奇怪な獣のようだった。こんなものが十月十日も自分のお腹に入っていたのか。
美咲には申し訳ないが、宇多子は最初に我が子と対面した時、到底その生物を可愛いとは思えなかった。
――あの、すみません。ちょっといいですか。この子って本当に大丈夫なんでしょうか。
男子禁制、ピンク色で統一された室内。
心安らぐオルゴール音楽が流れる部屋の中央に、おむつ替えセットと赤ちゃん用の計測台が置いてある。
それを取り囲むように長椅子が置かれ、これまたピンクの医療用寝間着を着た母親たちが、生まれたての赤ん坊におっぱいをあげようと苦心惨憺(くしんさんたん)していた。
――うちの子、女の子なのに、なんかすごく毛深いんですけど……。
産院の授乳室で助産師に質問していると、隣の分娩台で同じ時間帯に第二子を出産していた母親が親しげに声をかけてきた。
――初めての子? あら、可愛いお顔ね。そんなに気にしなくても、毛なんてそのうち全部抜けちゃいますよ。二歳ごろにはツルツル。うちのお姉ちゃんも、そんなだったわよ。
あの時はえっ、本当ですか、と嬉しくて思わず大声をあげてしまった。
宇多子より一足遅く陣痛室からカーテンのむこう側に入り、さくっと終了してしまったけれど。
同じ日時に苦しみを分かち合ったお隣さんの言葉は、なんだかひどく説得力があった。
(けっきょく、あの先輩ママさんから教えてもらったとおりだったっけ)
まったく子育てはいつだって驚きと疑問だらけだ。
マニュアルも正解もない。
必要なのは、研ぎ澄ました直感と気合いだけである。
――ママぁ、ぬいぐるみに着せてた上着、ないぃっ。ないよ、探してよ、うわあああん。
――ママー、彰がいたずらしてトイレに紙、全部詰めて、あふれさせてるー!
――ママっ、ねえねがベッドの上でげーげーしてるぅ。おふとんもみぃんな汚れてるぅ。
ママ、ママ、ママ。なにかの呪いのように分刻みでトラブルが起きる日もある。これまでけっして平坦な道のりではなかった。
原因不明の皮膚病、高熱、流行り病に怪我。
それまでの人生でご縁などなかったのに、救急病院のお世話になったこともある。無我夢中で修羅場を何度も乗り越えた。
そして宇多子は学んだのだ。
基本はお産と同じだ。
人間どんなにつらくて大変でも、その瞬間瞬間はあんがいと耐えられるものだ――と。
(先のことを憂鬱がっている暇があるなら、四の五の言わずに息を吸って、吐けばいい)
今、無心でそれをくり返してさえいれば、いつかかならず暗黒トンネルを抜(ぬ)けられる。
(私、この日記つけてたころ、本当にがんばってたよね……まぁ今もだけど)
よくやってたよ、と思わず日記に向けて心の中で語りかける。
母親とは耐え忍ぶ役回りだ。けっして主役にはなれない。
仕事は際限なくあるし、なんでもできて当たり前。
逃げることもかなわず、理不尽さにめげず、ひたすら家族と世間様に滅私奉公するしかない。
(ほんと、思い返すのも嫌な事件もあった)
あれは彰吾の日記を書いていたころ。赤ん坊の乗ったベビーカーを左手で押し、肩に荷物をかけ、右手で美咲の手を引いて側道を歩いていたら、後ろから自転車で来た女子高生に不機嫌な声を投げつけられた。
――ちょっと、子供、邪魔! 通れないっ。
早く走りたいなら車道を走ればいいじゃないか、ここは歩道だよ歩行者優先だよ、と思いながらもたもたする美咲の手を引いて端に寄ろうとしたら――怒鳴られた。
――ちっ、てめーのガキ、うぜーって言ってんだろ、早くどけよこのバーカ!
この子、髪長いし制服スカートもはいてるけど本当に女子?
茫然とする宇多子の脇をすり抜け、怒涛のように走り去る自転車。
――ママ、ねーママ、あのお姉さんなんであんなに怒ってたの? 美咲が悪かったの?
しきりにこちらを見上げ、気にする美咲。
――大丈夫だよ美咲のせいじゃない。あのお姉さんね、ご用があって急いでたんだって。
落ち着け。あんな自分しか見えていない若造相手にむきになってもしかたがない。
そうだ、我が子に自転車ぶつけられずにすんでよかったと思わなきゃ、子供のためならエンヤコラ。
美咲を落ちつかせるべく微笑みながら、内心ではこみ上げる口惜しさになぎ倒されまいと必死だった。
(あの時、思い知ったんだった……)
悔しいが宇多子はもう強者でなくなったのだ。
いつのまにか、ベビーカーと子と荷物を抱えては歩道の小さな段差一つ乗り越えるのも大変な――弱者になり下がっていた。
宇多子もかつては強者だった。だからわかる。速く動ける者にとって、動きの鈍い者はいかにも愚鈍に見え、イライラするのだと。
けれどこの世界は、強者ばかりで構成されてはいないのだ。そして動けない人の多くも、頭まで悪いわけではない。
老人、子供、身体の不自由な人。速く行きたくても行けない人たちに、強者の理屈を押しつけるのはまちがっている。
そう思ってはみても、現実には降りかかる悪意に防御姿勢ひとつ取れない、弱者のこのもどかしさよ。
(昔だったら絶対にやり返してただろうけど)
しかたがない、我慢しろ。これも修行だ、忍耐力の。
――あのさママ。彰吾ねぇママだーい好き。
――美咲もっ。ママのごはんも大好きー。
それでも子育ては楽しい。母であれて幸せだと声を大にして言い切れる。
子供といると、まるで人生をもう一度初めからやり直しているようで、なにか新鮮な心持ちになる。なにげない一日にも意味があり進歩があり、笑いがある。
(この日記帳は私の、一生の宝物になった)
宇多子はどんな高価なブランド品を買うよりも、何度も海外旅行に行くよりも、毎日、我が子にごはんを食べさせ、一緒にお風呂に入って寝るほうがずっと幸せである。
この気持ちは理屈じゃ説明できない。
たぶん子を産み育てる満足感というのは、たとえば食べたり眠ったりするのと同じように、本能からくるものなのだろう。
(これからこの日記を手にとる若いママたちも、どうかどうか、がんばって)
背表紙を眺めて心の中でエールを送ると、思いを断ち切るようにその場を立ち去る。
その6に続く>>