育児主婦の思いを小説にしてみた『ステーショナリー・ワンダーランド』2
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初めましてのみなさま、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
昨日から、自作短編小説『ステーショナリー・ワンダーランド』を記事にしてます。
6回連作予定で、今日は2回目。
『夏休み、ショッピングモールの文房具屋に入った子連れ主婦・宇多子は、様々に並ぶ文房具を眺めながら、自分の来し方行く末をつらつら思い返していく――。』
読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪
ちなみにゆきうさぎ、10代のころから創作を始めまして、途中ブランクありましたが、もう10年以上は小説を書いてます。
懸賞小説にもときどき応募したり。予選に入ったり。そんなレベル。
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ステーショナリー・ワンダーランド 2
ショッピングモール一階で生鮮食料品を買い、子犬のようにはしゃぐ子供たちをたしなめながらエスカレーターで三階に上がる。
真っ先に目に飛びこんできたのは手芸専門店の激安ハギレコーナーだった。
(あー、なんか可愛い生地が出てるなー)
北欧柄にデザイナーものとおぼしきハギレ。最近、宇多子は洋裁にハマっている。
学生時代から家庭科は得意科目だったが、去年いいミシンを買ってもらって以来、家族の洋服の三分の一は手作りするようになった。
きっかけはたんに、消費税は上がるし浩介の給料は増えないしで、なにか対抗策はないかとためしに自作し始めただけなのだがーーやってみれば服代は浮くわ自分の腕は上がるわで、まったくいいことづくしだった。
ちなみに今日、美咲が着ているのはTシャツにひだスカートにスパッツ。彰吾は姉とおそろいのTシャツに半ズボンだ。
Tシャツはモール一階にある大手衣料品店のセールで買ったものだが、スカート、スパッツ、半ズボンは子供たちがアニメ映画を鑑賞している間に宇多子が縫った。
どれも一着、五百円前後でできる。
あんがいと洋服づくりはお手軽でお得なのだ。
――頭は使うもの、手は鍛えるもの。
そういえば昔、母がそんなことを言っていたような。
宇多子は基本、手先を使う仕事は得意なほうだ。仮にも専業の主婦なのだから衣食住には手を抜かない、と固く心に誓ってもいる。
見た目は背高ひっつめ髪にTシャツとガウチョパンツというただの地味オバサンだが、昔ながらの良妻賢母道を究めるため、鋭意修行中の身なのだ。
(えっなに、超特価お買い得・元値三千円生地が一メートル三百円から?! 嘘でしょっ? わー、あの柄、ちょっとだけ見たいなぁ)
「ママ、黄色のお店、そっちじゃないよぅ」
ゆらりと揺れた宇多子の上半身の動きを見て、彰吾がすかさず手を引っ張る。
「ママ、今日は文房具屋さんに行くお約束でしょっ。生地屋さんはまた今度!」
美咲の鋭い一言に、へいへいと後ろをふりかえった。
黄一色に装飾された文具雑貨店に足を向ける。
こういう場合、子供には逆らえない。いや逆らわないほうが賢明だ。
宇多子も本来、子供なんて親がどこへ行こうが黙ってつき従うのが当然だとは思うのが、それを実現するためにはぎゃあぎゃあ抵抗する我が子をまず一喝しなければならない。
残念ながら、昨今の世間様は騒音に敏感だ。家の外では雷を落っことすにも色々と配慮が必要な時代なのだ。
「こらっ、美(みぃ)、彰(しょう)! お店の中では走らない! 他のお客さんのお邪魔になるでしょっ」
しかしほんの一瞬、心をハギレに残したのが失敗だった。
黄色い店内に吸いこまれる子供の背中へ追いすがるように声をかける。慌てて腰ぎんちゃくのように後をつけた。
(しまった、見失った)
ってか、やかましいのは母親(わたし)のほうだろ、とひとり心うちでツッコミを入れる。
徘徊する子を放置すれば迷惑がられ、阻止しようと声を張ればうるさがられ――ああ毎度毎度、外出している間の気疲れ感ったら半端ない。
そもそも子供なんて毎秒、飛んで歩いているような生き物なんだから。制御するとか静止させよってほうが無体なのだよ。
ため息をつき、整然と並んだ陳列棚の間に身体を滑りこませ、ふと足をとめた。
目の前に見慣れた黒いペンがあった。そうそう、家にあるのはそろそろ霞んできているんだった、と棚に指を伸ばす。
パッケージには『世界中で愛されている、ベストセラーサインペン』と書かれている。
世界中かどうかは知らないけれど、宇多子の中でこのペンは長年、不動の地位にあった。
ーーそうか、宇多子もこれが好きか。なかなか目が高いな。このペンなぁ、一番書きやすいんだ。父さんの職場でもみんなが使っているんだぞ。一本やろうか。
宇多子が美咲と同じ歳だったころ、黒ペンは大学教授だった父の書斎机の引き出しにいつも二、三本入っていた。
(懐かしいな……)
今はもう取り壊されてしまった東京・目白の教職員社宅、その北向きの部屋のかすかに黴(かび)臭い香りまでが瞬時に脳裏によみがえった。
入り口には無骨な黒電話と電話台。
六畳間の端には覆い布のかかった足踏みミシンと本棚があって、部屋の中央には木製の揺り椅子が鎮座している。
窓の外から聞こえるのは屋台を引く焼き芋屋の低い呼び声。
焼き魚としょうゆと味噌の夕餉の匂い。
ああ、あのころは紛れもない昭和だった。
宇多子はよく母親と一緒に商店街に買い物に行ったものだ。
スーパーもあったけれど、レジはまだ手打ちだった。魚は魚屋、コロッケは肉屋、豆腐は豆腐屋で買っていた時代。
母は宇多子が一年生になった時、商店街の文房具屋で鉛筆削り用のナイフを買ってくれた。
ナイフというよりそれはむしろ、カミソリの刃に持ち手がついている、これ以上はないというくらいシンプルな品物だった。
――宇多子も学校に上がったんだから、鉛筆くらい削れるようにならないとね。いいかい、本当に優れた女の人ってのは、勉強もできるし、家のこと、手仕事ね、どっちもできるものなの。どちらか片方だけじゃ、できる人とは言えないんだよ。
そう言って母は宇多子に毎日鉛筆を削らせた。
まだ字を書くのもおぼつかない子供が、日に鉛筆を何本も削る。文字を書いては新聞紙をひいて鉛筆を削り、削っては綴りを練習する。
毎日毎日、本当にわずらわしく、心の重い作業だった記憶がある。
だが自らが辿ってきた昔風を是とする母は、どんなに宇多子が頼んでも、けっして回せばすぐ削れる鉛筆削り器を買ってくれなかった。
――宇多子、新しいものが全部、良いとばかりは言えないんだよ。昔からある知恵も粗末にしちゃいけない。地道にコツコツ積み重ねて、ようやくわかることもあるんだから。
結局、小学校六年間、鉛筆を削り続けた。
おかげで指先が器用になった宇多子はその後、手仕事系はほぼ苦労しないで済んでいる。
そういえば、あの小さなナイフを文具店で見かけなくなって、もう十年以上はたつ。
今、美咲はナイフで鉛筆を削れるだろうか――と宇多子はぼんやり思う。
繊細で集中力を要すあの作業を、便利に慣れきった今どきの娘の手はどれほど我慢できるだろう。
その3に続く>>
育児主婦の思いを小説にしてみた『ステーショナリー・ワンダーランド』3 - Home, happy home
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