【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 4
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みなさん、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
10月最終週から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。
この話、最初は20回くらい予定だったんですが。
元原稿が2014年作。これをそのまま載せるのもどうかと思って、はてな記事にする際、修正入れたり先の方でエピソード足したりしちゃってます。
たぶん今、連続25回くらいで終わるかなぁ。って感じ。
『西暦2122年。――前向きで努力家、少し気の弱い一ノ瀬天音(そら)は、二十二歳の国際宇宙気象観測所、通称ISSOM研修生。
研修補助員(サポーターズ)制度で同居していたオリビエには婚約者がいた。それなのにある日、オリビエは天音を抱きしめて――?』
読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪
【最初から読みたい方はこちら↓】
宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 2-2(4)
(どうしてあんな……婚約者がいるのに)
オリビエはあと少ししたら、この部屋を出て行ってしまうのに。
別の研修補助員(サポーターズ)を受け入れる申請だって、すでに事務局に済ませてあるのに。
おそらくオリビエとは、お互いが国に帰れば会うことはもうない。
折に触れて時節の挨拶くらいは送るかもしれないけれど。
お元気ですか、私は元気にやっています、奥様との生活はいかがですかーー。
(そんな話、聞いてどうするの)
あのハグさえなければ……こんなふうに思い悩むこともなかったのに。
オリビエは優しい。優しくて、ずるい――。
ようやくスープを完成させると、ハンバーグやサラダなどと一緒にダイニングテーブルに並べる。
腹の底に染み入る寂しさをこらえながら、そろそろ帰ってくるころかな、と壁掛け時計を見やった。
と、まさにその瞬間、認証キーの承認音が響いて玄関の自動扉が開いた。
「お帰りなさ……」
笑みかけた唇が、そのまま止まった。
「ただいま。よかった天音、いい知らせだよ」
なんで? 嘘でしょ。
充満していた料理の香りが廊下に逃げてゆく。
代わりに乾いた空調の涼風が部屋に流れこむ。
オリビエは明るく微笑みながら体をずらした。
「紹介するよ。君の新しいルームメイトだ」
そんな。
「事務局が僕と入れ替わりでどうかと打診してきたんだよ。いいよね、天音? 彼になら安心して後を任せられる」
「……また会ったな、一ノ瀬天音」
オリビエの背後に立っていたのは。
黒くて硬質なスーツケースと大きなバックパックを一つかかえ、おそろしいほど冷淡な表情でこちらを見下ろす黄龍だった。
3
ISSOMの夜は紛い物だ。厳正に管理された鋼鉄の塊は地球の周囲を自転している。
この百年で宇宙進出技術は飛躍的に進歩し、人類が生涯にわたり宇宙空間に居を構えるのも夢ではなくなった。
それを証明するひとつがISSOMと言ってもいいだろう。
ISSOMはこの施設設立を最初に提唱した米国の、大学一つ分ほどの広さを持つ。巨大な太陽光発電設備を備え、回転しながら昼夜の時間がほぼ等分されるよう調整されている。
実感としては昼のが夜より少しだけ長いが。
――なあ、いいだろ、ファンロン? 堅いこと言わずに、一度くらいつきあってくれてもいいじゃないか。
オリビエの本国帰還まで一週間を切り、どうしても二人で飲みたいという誘いを断れず、余暇棟(レクリエーシヨンエリア)の酒場で三時間ほど過ごした。
隣接する住宅棟(リビングエリア)までは徒歩で十数分。
しかし今夜は酔っ払って陽気にふらつく大男と歩いているせいか、遅々として距離が埋まらない。
「まさかファンロンが、こんなに酒に強かった、とはな。これはぁ、立派な、詐欺だっ。あの頃は、酒なんて嫌いだとか、言ってたくせに……」
「酒は今も嫌いだ。仕事にさし障る」
「それは、ちがうっ。君、酔わないように、常に精神をコントロールしてるだろうっ。それってまだ、あの時の作戦のせいで、今でも悪夢を見るからじゃ……」
「おい、オリビエ。その話を蒸し返すなら、俺はおまえをここに置いていくぞ」
「あああ、またその仏頂面。よろしくないな、まったくもって、なってない。はい、もっと笑ってー、感じよくっ」
ろれつの回らぬ口から酒臭い息を吐くと、オリビエは俳優のように白い歯を見せて笑った。
「わかった、わかった。もう言わない。しかしショックだなぁ、僕にも本心を見せられないんですかね。昔は相談してくれたじゃないか」
「……」
「ああ、君は強い男だから、僕の助けなんて必要ない、誰から手をさしのべられても絶対、受け取らない。なんだって一人でできるってんだろ。わかってますよ、腹立つなぁ」
「おまえ。飲み過ぎだぞ」
「はい、今夜の飲み代はぁ、全部、僕が払いましたー。この意味わかるだろ。後は、頼んだからなー」
「だから。了解したって言ってるだろう、さっきから何度も」
「本当にかぁ? 天音のことだぞ? ちゃんと面倒みてくれるのか?」
「わーかったから、まっすぐ歩けって」
ようやく帰宅すると、暗めに調整された明かりの居間で天音が待っていた。
ダイニングの机を横目で見やると、案の定、冷めないよう保温機能つきのプラスチックカバーのついた大皿が数枚並べてある。
今までぼんやり帰りを待っていたにちがいない天音は、オリビエを見るや、突然スイッチが入った人形みたいにてきぱきと動き出した。
わっ、飲んできたの、酔ってるの? 二人とも、お水いる?
(オリビエのやつ。さては、なにも連絡せずに俺を誘ったな)
こういうところの気配りがまったく抜けているのだ、この大男は。
すごい匂いー、どれくらい飲んできたのか想像もつかない、と苦笑しつつ、そそくさと手料理を片付ける天音を見るのは初めてではない。
舌打ちしたい気持ちで横を見た。だがオリビエは目尻を赤くし、ソファにだらしなくのびている。
台所に消える天音の背を確認し、髪をかきまぜながら床にあぐらをかくと、横でうめき声がした。
「あー、はぁ、そうだ、書類……鞄の中のー」
「書類?」
「天音の書きかけ論文だよ、昼間見たやつ、渡さなきゃ」
まるで瀕死の重傷者が救いを求めるように、オリビエは床に放り出した鞄にむかって片手をさしのべる。
「帰国が迫ってるってのに、まだやってるのかよ」
「だぁって彼女、文が拙いんだ。日本語を英訳するのは骨の折れる作業みたいでさ。なんにせよこれで僕は終いなんだ。ファンロンよこせ、鞄っ」
「いいから、おまえは少しそこで寝てろ」
うだうだと絡んでくるオリビエが面倒で、つい昔のように命令口調になった。
するとオリビエは荒い息を吐きながら、ごろりと仰向けになり、ソファの上で大げさに敬礼したあと、天音が側の脇机に乗せた水のグラスへと長い手を伸ばした。
5に続く>>
【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 5 - Home, happy home
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