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楽しく暮らそう。ゆきうさぎの創作雑記

【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 38

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初めての皆さま、こんにちは。ゆきうさぎと申します☆
10月最終週から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。

着想は10代の終わり頃。

『西暦2122年。――一ノ瀬天音(そら)は、二十二歳の国際宇宙気象観測所、通称ISSOM研修生。

天音の研修補助員(サポーターズ)で同居人の黄龍(ファンロン)は、三つ年上でベトナム出身の英才冷血宇宙飛行士。二人は一緒に暮らすうち、相手を意識するようになっていく。二人で出かけたISSB―Lab(国際宇宙植物園)、通称『楽園(エリュシオン)』への旅行で、天音は黄龍の複雑な生い立ちを知り心を寄せる。しかしふたたび戻ったISSOMでは、双頭鷲(ドッペルアドラー)による無差別テロが決行されてしまう――。』

今日で13章が終わります!
明日からいよいよ最終章。
読者のみなさま、引き続きエリュシオンをお楽しみ下さい♪


【最初から読みたい方はこちら↓】

yukiusagi-home.hatenablog.com

 宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 13ー4(38)

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すると声は急に息せき切って話し始めた。

なんだって、僕がわかるのかファンロン? なら伝えたいことが山ほど有る。どうか聞いてくれ。

そう言ってオリビエは、とつとつと俺の身体を回収しにきた時の状況を話し出した。

ISSOMに突っこんだ船が爆発した顛末。

勝手知ったる中央管制棟(セントラルコントロールタワー)には緊急シャッターが降りてまだ空気があったこと。

今は宙域にある救急艇にいて、俺の第七頸椎に埋めこまれた器具と、医療機器とをつないで意思疎通を図っていること。

ようやくそれで納得した。

ようするに俺は出血多量、致命傷を受けて昏睡状態にあり、身体はぎりぎりの延命治療中だったわけだ。

オリビエは教授からすべてを聞いたと言った。

俺の生い立ちや経歴、研究所が俺に人体実験まがいの枷をつけたこと、今回のスペツナズの極秘任務まで。

まったくおしゃべりな老人め。余計な話までつらつらと。

――黄龍、水くさいじゃないかっ。
どうして前に一言、僕に有機バイスを強制装着されたって言わなかったんだ。
君が白人種を嫌ってるのは知ってた。だけど、そんなに白人は信用ならないのか。
僕が僕でもダメか?

声は怒りのあまり、すすり泣いているようだった。

――『サーヴィカル・システム』は脳や神経を損傷する恐れがあるし、なによりプライバシーを多大に侵害している。
僕の国じゃ、今や国際法で規制するための議論がさかんに行われてるんだぞ。

俺はまだ延々と続きそうな医師の文句をさえぎった。

すまない、オリビエ。
悪いが、なんだかさっきから意識がじょじょに薄れてきている。
おまえの愚痴をこれ以上聞いてやれる余裕はなさそうだ。
だから先に、必要なことだけ伝えておく。いいか。

ISSOMのデータはいくら探しても、俺の頸椎(けいつい)にはないぞ、と俺は切り出した。

いやしかし、教授はたしかに君の体内デバイスにデータチップの情報を移したと話していた、とオリビエがまた説明し始める。

ちがう、探せ。
奥歯の中だ。
俺が体内に保有するデバイスは一つじゃなく二つなんだ。

ずくずく痛む頭を押さえながら、慎重に言葉を選ぶ。

いいか、奥歯の中に、一本だけ義歯があるはずだ。
義歯と言ってもIP細胞から造られた、神経もつながっている代物だから、本物と識別するのはむずかしい。
しかしそれは頸椎のデバイスとも連動しているから、ちゃんと調べればわかるはずだ。
今から暗証番号を五種ほど伝える、反応を見てみろ。

その屈辱の枷こそが、幼い日に俺が否応なく装着された、もう一つの有機バイス――英才データ集積装置だった。

義歯はいわば巨大容量のドライブレコーダーみたいなものだ。

被験者は英才教育にかかる費用を免除される代わりに、死ぬまで脳波や身体機能を義歯で測定され続ける。

そのデータは頸椎の『サーヴィカル・システム』で研究所へ定期的に提出する。

そうやって英才と呼ばれる人間たちの経験値を蓄積し、次世代の人工知能開発に生かすのが、あの研究所の存在意義なのだ。

『ファンロン、君のデータは随一だ。本当にすばらしい。誇りに思いたまえ、君は今、大いなる人類の進化と発展に貢献している』

これまで俺の人生は、すべてアルバトフ研究所の斡旋ありきだった。

宇宙飛行士育成プログラム履修も、スペツナズでの異例の速さの昇格も。

乾いた気持ちのまま、それもまた良しだと思っていた。

この欺瞞(ぎまん)に満ちた人生で、他にしたいことはなく、守りたいものもなかったからだ。

だがこの悪しき枷に、まさかこんな、有益な使い道を見出す日が来るとは。

生まれて初めて、本当に人の役に立ったような気がした。

俺は笑って、最後の気力を振り絞った。

おそらくこれが気の良い医者の友への最後の伝達になるだろう。

なあオリビエ。
そのくだらない歯から、どんな記憶を引き出してくれてもかまわない。
だが、頼むから天音との思い出だけは奪わないでくれ。
これから旅立つ処へ、わずかな光の記憶くらいはつれて行きたいんだ――。

終わることに恐怖は感じない。

皆、いずれはこうして身体を手放していく。

応える声が聞こえたが、なにを言ったのか理解はできなかった。

オリビエ、悪いな。もう限界だ。今はただ眠りたい。眠らせてくれ。

それから……世界は、無明の闇に包まれた。
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39に続く>>

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