【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 10
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こんにちは。ゆきうさぎと申します☆
10月最終週から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。
着想は10代の終わり頃。元原稿が2014年作。
気に入ってるストーリーなのでぜひこの機会にお披露目したい!と思ったのですが、この5年の間、ワタクシの腕も多少は成長していたようで、「これって……このまま載せられない~」と毎日修正中。
楽しんで記事にしていきますので、よろしくお付き合い下さいませ。
『西暦2122年。――一ノ瀬天音(そら)は、二十二歳の国際宇宙気象観測所、通称ISSOM研修生。
天音の研修補助員(サポーターズ)で同居人の黄龍(ファンロン)は、三つ年上でベトナム出身の英才冷血宇宙飛行士。二人は一緒に暮らすうち、少しづつ相手を意識するようになって――?』
読者のみなさま、引き続きエリュシオンをお楽しみ下さい♪
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宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 5-2(10)
――ま、どうせ世話するのは俺じゃないし。
理由を説明すると、黄龍が諦めたように肩をすくめてみせたので、天音は胸をなで下ろした。
外では遠巻きに注目されている黄龍だが、一緒に暮らしてみると、器が大きいな、と感じることが多かった。
頭の回転が速くて身体能力がずば抜けているのはもう横においておくとしても、それに甘んじることなく行う毎日の様々なトレーニング量がすごい。
天音にはどう使うのかわからない筋力強化器具で、いつも何時間も身体を動かしながら、家事をしたり専門書を読んだりしている。
一度ルームランナーを一緒に走りにいってみたら、あまりに黄龍の足が速い上、前面に映し出されたパネルで難解な計算や年号、雑学の問題まで解いていて。
途中で立ち止まって見惚れてしまい、全問正解したところで拍手したら、サボるな、真面目にやれと怒られた。
たぶん黄龍は、普通の三倍速で三倍量の物事を片づけられ、しかもそれが三倍の時間、持続する人なのだ。
料理だって天音より断然てきぱきとしていて美味しいし、約束はきちんと守るし、時間には絶対に遅れない。
物事の本質を見抜く目も確かだし、たまに助言もくれる。
(実際は三つ上だけど、なんだか十歳以上は差がついている気がする……)
軽い自己嫌悪におちいりながら視線を上げたとたん、あの画像が目に飛びこんできたのだった。
壁面に埋めこまれた液晶パネルに映し出されていたのは、また例の双頭鷲(ドッペルアドラー)がどこかの街を爆破した映像。
たぶんニュースのチェックを怠らない黄龍がつけていたのだろう。
目の前で、ぐったりした幼子を抱きしめて、母親がむせび泣いている。
天音は昔から、こういう絵に弱かったのだけれど、宇宙に上がって懐植物病(プランツホーリック)になってからは一層ひどくなった。
宇宙空間を独り、壊れた心を抱えて漂うような錯覚がするとでもいえばいいのか――。
胸が痛くて、身体がこわばってきて、無機質に事実を報道する画像だけで、あっという間に心が押しつぶされたようになって、涙腺が緩んでしまう。
自然災害に戦争、貧困、不幸な事故。
世界の変わらぬ現実を見せつけられるたびに、どうしたらよいのかわからず、ただ涙があふれてとまらなくなるのだ。
――天音、どうしたんだよ急に。
黄龍は最初、天音が泣きだしたのに戸惑っている様子だった。
だが天音が正視に耐えきれず手を上げて壁面の映像を消すと眉根を寄せた。
洟をすすっていた天音に一言、苦い顔で言う。
――死んでいくやつらにだって、想いはあるんだぞ。
何を言われたのかわからなくて顔をあげると、黄龍は心の底まで見透かすようなまなざしで、こちらを睨んでいた。
――天音。おまえのその涙は偽善なんじゃないか。映像の先にいるやつらは、可愛そうだなんて憐れまれたくなんかないだろう。それに、命が保証された場所にいて申し訳ないとか考えるのも、やめとけ。この世界に100%安全な場所なんて、もはやどこにもない。とにかくいくら泣いたって、共感するだけじゃ所詮なにも変わらないんだからな。
『偽善』。そんなするどい響きさえ、黄龍が口にすると、ただの正確な状況分析からきた言葉なのだと、妙に納得できてしまう。
(そうかもしれない。黄龍の、言うとおりだ……)
いくら現実を見て打ちのめされたところで。泣くだけじゃ、誰も救われない。
(私は結局、ショックを受けた自分を慰撫するために、涙を流していただけで)
そんなもの、渦中の人々にとってはなんの意味もなさないと、黄龍は冷静に看破したのだ。
(同じ人間なのに……黄龍と私のこの総力のちがいって、なんかもう、努力とかじゃ到底埋まらない気がする)
つくづく嫌になる。同居人との差がありすぎて。
今日は住宅棟へ続く遊歩道がやけに長い。
と、突然、黄龍が立ち止まった。
「……いつまで落ちこんでいるつもりだよ」
びくっと肩をすくめると、切れ長の目が不機嫌そうにこちらを見下ろしていた。
「さっきの映像のことなら」
一拍の間が空いた。黄龍は珍しく次の言葉を口にするのを迷っている風だった。
「俺は長いこと戦場にいた。だからああいう日常は、すぐ側に存在する現実だったんだ」
天音は最初、耳を疑った。そして息を飲む。
黄龍がこういうことを自ら話すのは――なんだか初めてかもしれない。
「悪かった。なんていうか、少し……驚いちまって」
しかも、青年はさらに思いがけない台詞を吐いた。
「あの、驚いたって、それ、どういう……?!」
「俺がいたのは地獄だ。死体がゴミのように転がって、血のにおいと腐臭に満ちていて」
「黄龍……」
「その中でいつも考えてた。命の危険がなく、夜露にも濡れず、飢える心配がない。そういう天国みたいに安全な場所で守られているやつらには、しょせん俺の現実なんて対岸の火事でしかない。そいつらの無気力こそが、この地獄を増長させている原因なのにって」
11に続く>>
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