【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 29
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初めての皆さま、こんにちは。ゆきうさぎと申します☆
10月最終週から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。
着想は10代の終わり頃。元原稿が2014年作。
『西暦2122年。――一ノ瀬天音(そら)は、二十二歳の国際宇宙気象観測所、通称ISSOM研修生。
天音の研修補助員(サポーターズ)で同居人の黄龍(ファンロン)は、三つ年上でベトナム出身の英才冷血宇宙飛行士。二人は一緒に暮らすうち、相手を意識するようになっていく。二人で出かけたISSB―Lab(国際宇宙植物園)、通称『楽園(エリュシオン)』への旅行で、天音は黄龍の複雑な生い立ちを知り心を寄せる。しかしふたたび戻ったISSOMでは、不穏な計画が進行していくのだった――。』
読者のみなさま、引き続きエリュシオンをお楽しみ下さい♪
今日もボーナス回です♪ なんだかキリが悪いので、1章まるっと載せちゃいました。なのでいつもより量が多めです~。久々に天音も登場☆
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宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 11ー1(29)
11
その夜、黄龍はついに部屋に戻らなかった。
オリビエの通信を確認したあと夜通し待っていたせいか、天音はソファの上で正座したまま、いつの間にか寝てしまった――そして目を覚ましたときにはすべてが手遅れだったのだ。
住宅棟の外で大きな爆発音が響いている。誰かの悲鳴。発砲音。まるで銃声のような。
充満するきな臭い匂いに飛び起きる。
――大変だ天音、落ちついてよく聞いて。これは、さる筋から入った確かな情報だ。
双頭鷲(ドッペルアドラー)が、衛星への無差別襲撃予告を出したらしい!
ISSOMもターゲットに入ってる。どうやら諜報員(スパイ)がいて内部情報を漏らしているみたいなんだ。
皆できるだけ早く、地球に避難したほうがいい。僕もこれから上にかけ合って、そちらへむかう。できるだけのことはするから。
切迫したオリビエの声が耳の奥でこだましている。
とにかくまず、黄龍に相談したかった。落ちつけ、大丈夫だと言ってさえくれれば安心するのに。
そう思うはしからみぞおちが冷たくなっていく。
でもあの時、見てしまった記章は……ああ、どうしよう、もし黄龍が諜報員だったら――?
窓に飛びつき、ISSOMの空を仰いで愕然とした。
(嘘。宇宙が、じかに見えてる……?!)
今日の予報はたしか快晴だったはずなのに。
部屋の窓から見上げる天は、夜空よりはるかに深い漆黒。そこに唯一光るのは蒼い地球。
(天調システムが、完全に破壊されたんだ)
自分の目がまだ信じられない。足が震えて、その場に座りこんでしまった。
視線を下にずらすと、住宅棟の一階で迷彩服に目出し帽の男たちが自働小銃を構えて乱射している。
そのうちの一人がこちらを見た。
かちりと視線があった。
天音はひっと声を上げて後ずさる。
男の首筋にはあの双頭鷲の記章があった。
次の瞬間、すさまじい音がして窓ガラスが割れた。
天音は頭を抱えて床につっぷした。体のすぐ上をなにかがかすり、ばりばり音を立てながら天井に穴が開いていく。
「た……」
助けて、といいたい声が、声にならない。
明かりが消えて、急に室内が静かになる。じーっとどこかで機械の駆動音が鳴っており、わずかに身体をずらしたとたん、砂っぽい埃がどさりと目の前に落ちてきて咳こんだ。
乗り物酔いしたように、あの目出し帽の男が何度も脳裏にちらついた。
これは夢なんかじゃない、現実なんだ。
信じたくないけれど、いつもニュースで見ていた出来事が、今、現実に自分の身に起きている。――無差別テロ。
とにかく、ここから逃げなきゃ。
這うようにしてようよう玄関口まで進んだところで、天音は愕然とした。
(あ、開かない……!)
痛いくらい心臓が鳴っている。落ち着かなきゃ。冷静にならなきゃ。こんなところで失敗してる場合じゃない。
けれど、どうやら自働扉はロックされたまま完全に壊れているようで、床に埋めこまれた施錠機に暗証番号をいくら打ちこんでも反応がない。
顔が熱くほてり、泣きそうになる。
感情の波が押しよせてくるのを止められない。
どうしたらいいの。今、ここに一人でいたくない。怖い。誰か。
助けて、と叫びながら扉をたたいていると、バタバタと複数の重たい足音がこちらに近づいてきた。
――物音がしたぞ、こっちだ。
――探せ。見つけ次第、撃ち殺せ。
はっ、雷に打たれたように身体が縮まり、両手を握りしめる。
――今、たしかに音がしたんだが。
玄関の前を足音が行ったり来たりしている。
天音は腹の底から沸き上がってくるものを必死にこらえた。
私、なんて馬鹿なことをしてしまったんだろう。こともあろうに、武装集団に自分の居場所を知らせてしまったんだ。
とにかく必死に息を吸って吐く。
口に手をあてて、ずるずるとその場に座りこんだ。
絶対に悲鳴をあげちゃいけない。音も立てちゃ行けない。でも――いつまで我慢すれば。
と、なにか外で激しく言い合うような声がしたあと、ひとつの足音が扉の前で止まる気配があった。
どん、と迷いなく扉を蹴り飛ばす音。
どん、どん、音が鳴るたび腹に振動が響き、恐怖がつま先から全身に這い上がってきた。
もう駄目だ、殺されるんだ、と天音は震えながらその場で頭を抱えた。
「――やっぱり、ここにいたか」
やがて歪んだ扉を力づくで押し上げて中に入ってきた男が、おもむろに目出し帽を脱ぐ。
天音はおそるおそる顔を上げ、それから打たれたように後ろに下がった。
「天音。どうやら大丈夫じゃ、なさそうだな」
黄龍だった。天音はぐっと歯を食いしばった。
どうして黄龍が迷彩服を着ているの。
そしてその襟元には双頭鷲の記章が――。
「まあ無理もないよな、この状況じゃ」
指が伸びてきて、気遣うようにわずかに頬に触れる。天音はとっさにのけぞって叫んだ。
「い……いやっ、来ないで!」
「静かにしろ、殺されたいのかっ」
黄龍はひどく慌てたように膝をつき、手で天音の口を塞(ふさ)いだ。無言のまま、反対の手の親指で外を指し示す。
そっと視線をやれば、廊下には四人の男が転がっていた。迷彩服の。
こちらをむいて倒れている若い男が口から血泡を吹いている。
天音はびくっと肩を揺らした。――死んでるの?!
「畜生、なにが起きた……っ」
と、横で倒れていた一人が頭を振りながら、うめき、むくりと起き上がった。
天音ははじかれたように黄龍を見やった。
黄龍はこちらに視線を合わせた。大丈夫だと言うようにうなずく。
黙ってろよ、と囁いた。
その後は一瞬の出来事だった。
黄龍は音もなく立ち上がるや、風のように男の側面へとって返した。死角から容赦なく相手の首筋に肘鉄を叩きこむ。
男は声をあげると硬直し、音を立てて倒れ、やがて動かなくなった。
「天音、立てるか」
戻ってきた黄龍は、ぽかんと口を開けたままの天音の手をつかんで引き上げた。
「ぐずぐずするな、逃げるぞ。ついてこい」
天音はわけがわからず、しゃがれた声を上げる。
「どうして? そのひとたち、黄龍の仲間じゃないの?!」
「何言ってる。どうして俺が双頭鷲――あ」
これか、と黄龍は天音の視線を追って自分の襟章を見やると苦笑いして、
「偽装(フェイク)だ。決まってるだろ」
「ふぇ、って。え? ええ、なっ」
「……天音。気持ちはわかるが言葉を話してくれ、頼むから」
背中のライフルを胸に抱えなおすと、天音の手を包みこむようにしっかり握った。それからふと気づいたように、
「おまえ……その頬、どうした」
天音はかぶりを振った。こんな時でもアメリに引っかかれた傷まで見逃さないなんて――やっぱり黄龍はすごい。
「なんでもない、転んだだけ」
そう答えると、黄龍は数秒、こちら見つめた。それからくしゃりと天音の髪に手を置くと、
「まあいい。くわしくは、この衛星を脱出してから話す。必ずおまえを助ける。だからとにかく今は、俺を信じてついてこい」
「待って、どういうこと?!」
見上げた黄龍の顔はひどく緊張している。そのまなざしが、するどく天音に落ちてきた。
「覚悟しろ。――ISSOMは今日、地獄に堕ちた」
30に続く>>
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