【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 37
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初めての皆さま、こんにちは。ゆきうさぎと申します☆
10月最終週から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。
着想は10代の終わり頃。
『西暦2122年。――一ノ瀬天音(そら)は、二十二歳の国際宇宙気象観測所、通称ISSOM研修生。
天音の研修補助員(サポーターズ)で同居人の黄龍(ファンロン)は、三つ年上でベトナム出身の英才冷血宇宙飛行士。二人は一緒に暮らすうち、相手を意識するようになっていく。二人で出かけたISSB―Lab(国際宇宙植物園)、通称『楽園(エリュシオン)』への旅行で、天音は黄龍の複雑な生い立ちを知り心を寄せる。しかしふたたび戻ったISSOMでは、双頭鷲(ドッペルアドラー)による無差別テロが決行されてしまう――。』
1ヶ月近く(あれ? ちょっとまて、もう1ヶ月超でした 汗)載せてきたこの物語も、完了まであとちょっと。読者のみなさま、引き続きエリュシオンをお楽しみ下さい♪
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宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 13ー3(37)
ここは何度か呼び出され、ひっそり訪れた所長室だ。ISSOMの中央管制棟(セントラルコントロールタワー)の。
「……君にどうしても頼みたいことができた、グエン・ヴァン・ファンロン」
整然と並べられた本棚を背に、ホコリ一つない机に両肘をついて、老人が座っている。
「ついに双頭鷲から犯行予告が来たのだ、この衛星に。だがわしはここを捨てて逃げることなどできん。ISSOMを立ち上げたのも、ここの長もわしだからな」
ゆえにわしに万が一の事態が起きた際には、君に託しておきたいのだ、とシュバイツアー博士は言った。
ISSOMの遺産。偉業と言っても良い、膨大な知識の蓄積。すなわちデータチップを。
「なぜ、俺に頼むんです」
「悪いが、君のことを少々調べさせてもらった。君が更新する測定機の記録が、あまりに秀逸なのが、少々気になってな――」
ファンロン、どうやら君は幼少時のIQ値がかなり高く、本国で特殊な英才教育を受けてきたようだな、と博士は控えめな声で言った。
「アルバトフ英才教育研究所。人工知能開発や英才創出などで世界的に名高いが、人権侵害だと問題の『サーヴィカル・システム』の研究も積極的に行っている。君はあそこの出身者だろう。もしや……」
「シュバイツアー教授。それはあなたの想像にお任せします」
そうさえぎると、博士は顎髭を撫でた。
「そうか。いや、わしが知りたいのはどちらかというと、君がいまだにあの研究所の被験体なのかという話なのだが」
「と言いますと」
「しかるべき者をたてて、未成年時、親権で研究所に強制加入させられたと主張すれば、あそこの登録抹消は可能なはずだ。もし君がそれを望むなら、わしは国際人権擁護団体とネットワークを持つ者に、本件を通報してもいいかと思っておる」
「……」
君も彼なら知っていると思うが、と博士は言った。俺が黙っていると、
「まあ、その話は彼に任せよう。うまく対処するよう、あとでデータの件も合わせて連絡を取っておく。ファンロン、君にはデータを確実に適任者へ引き継いでもらいたい」
博士はいつもの数式みたいな話し方で、俺を説得しにかかった。
これは理に適っている依頼のはずである。なぜなら君は現状ISSOMの職員であり、かつスペツナズ所属、双頭鷲掃討作戦の実行部隊長なのだから――、と。
「ISSOMの記憶を受け継ぎ、次の光につないでほしい。希望の火を絶やさないでくれ」
頭を下げられ、懇願されて、了解しましたと俺はたしか答えたはずだ。
「そうか、引き受けてくれるか、ありがたい。わしは近々死ぬかもしれないな。だが、やりたい研究をやり家族も持ち、長く生きてきた。この人生に悔いはない……」
ファンロン、君はどうかねと教授は気遣うようにこちらを見た。君はまだ十分に若い。もっと自由に生きてもいいんじゃないか。
任務は任務ですから、と淡々と応えると、教授はううむとうなり、しばらく無言でいた。
「なあファンロン。君はきっと過去に、人に言えないような、辛く惨めで悔しい思いもたくさん経験してきたんだろうが……」
だが、いいかね。怒りにかられて復讐ばかりにとらわれちゃあいかんぞ、と教授は諭すように言った。
「悔しかったのなら余計に、これから幸せになるべきだ。わしは君の幸福を影ながら祈っている」
その言葉は俺の胸に深く突き刺さった。
「……お気遣いに感謝します。あなたが私の義父だったら、どんなにかよかったのにと思いますよ、教授」
あの時、俺がそう言うと博士は立ち上がり、穏やかな表情で机ごしに握手してくれたのだった。
そうだ。今はっきり思い出した。
「不幸になっちゃいかんぞ。かならず幸せになりたまえ――」
そんなことを言われたのは初めてだったし、このくだらない人生を、そんなふうに見てくれた人間は二人目で。
だから俺はあの時、遅まきながら嬉しい時に歌い踊る天音の気持ちを理解した気分だったんだ。
ありがとうございます、シュバイツアー教授。
斃れて行った者たちの無念を晴らしたら。
その時に俺がまだ、立っていられたなら。
そのあとは少しだけ、自分のことを考えてみてもいいのだろうか。
――よかった。ようやく思い出してくれたみたいだな、ファンロン。
と、さっきから親しげに話しかけてくるあの声が、横で吐息をつく。
――僕はシュバイツアー教授から直に依頼を受けて、君とデータを回収に来たんだよ。
ああやっと思い出した、と俺も思う。
この声が誰なのか。なあオリビエ。
38に続く>>
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