【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 7
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みなさん、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
10月最終週から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。
着想は10代の終わり頃。元原稿が2014年作。
気に入ってるストーリーなのでぜひこの機会にお披露目したい!と思ったのですが、この5年の間、ワタクシの腕も多少は成長していたようで、「これって……このまま載せられない~」と毎日修正中。
楽しんで記事にしていきますので、よろしくお付き合い下さいませ。
『西暦2122年。――一ノ瀬天音(そら)は、二十二歳の国際宇宙気象観測所、通称ISSOM研修生。
天音は研修補助員(サポーターズ)制度で同居するオリビエに淡い恋心を抱いていたが、オリビエは帰国することに。代わりに研修補助員になったのは三つ年上でベトナム出身の英才冷血宇宙飛行士、黄龍(ファンロン)だった。』
読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪
今日は子供たちの土曜参観。これから出陣してきま~す^^
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宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 4-1(7)
4
その日、ISSOMには雨が降っていた。
地球そっくりに複製された衛星の中には研究用の植栽も施されており、液肥の混ざった水が計画的に散布される。だから降水量とその日取りはISSOMに滞在する者すべてに事前告知され、変更は稀だった。
オリビエが帰国し、天音と二人で暮らし初めてはや半年たつ。
今、台所には鶏の骨がぐづぐづゆだる音と、この手が規則正しく香菜(シャンツエ)をむしる音が響く。
天音は休日だというのに早朝から出かけている。今日は教授が口頭発表(プレゼン)の採点結果を公表する――言うなれば中間試験の発表日だ。
(そういえばあいつ、ミントは食えるようになったんだっけか……)
今日の朝食は天音も気に入っているフォー・ガーにしてやろうと決めていた。
ベトナムが誇る米麺汁は、鶏をきちんとつぶして骨からだしをとるのが断然美味い。わざわざここから一番近い交易小惑星に手配して仕入れた肉は、すでに茹で上がった。
サイゴンでは米麺の上に鶏か牛肉をのせ、もやしと大量の葉物を添えてライム果汁をしぼって食うのが倣(なら)いだ。だが日本人の天音にはどうしてもドクダミの葉と生唐辛子だけは口に合わないらしいから、どんぶりに盛るのをやめておく。
(そろそろ、帰ってくるはずだが)
あと数時間で上がる雨を待って、天音と一緒に食材の買い出しにでもいこうかと台所の時計を見上げた時だった。
背後で自動扉の開く音がした。
(時間通りだな)
飯(メシ)の後に飲むのはやっぱり蓮茶でいいか、と振り返りながら言いかけ――絶句した。
「黄龍っ、聞いて! あのねっ」
部屋に戻ってきた天音は全身びしょぬれだった。それはもう、まるでバケツの水を頭からかぶったように半端ない濡れ方で。
白シャツの腕は肌が透けて見え、背筋に届く長い黒髪の一部が頬に張りついている。
華奢な首から鎖骨に伝うしずくはさらに下へと流れ、下着の線があらわになった胸は柔らかな丸みを帯びたまま、せわしなく上下している。
フレアースカートは腰や太ももにからまり、裸足の足跡が床に転々と水染みをつくっている。
「なにやってんだ馬鹿っ、天気予報を聞かなかったのかっ」
「あ。うんと、忘れてた……」
持っていた白衣を調理台の上に置き、あごから落ちるしずくを無造作にはらうと、無邪気な笑顔で天音は訴えてきた。
「それより、あのねっ黄龍」
「待て。そのなりのどこが、それより、だ」
「え? やだ、そんなにひどい?」
ひどいもなにも。なよやかな体の線が丸見えとはこのことだ。こいつ、こんな格好を無防備に衆目に晒しながら帰ってきたのか。なんの自覚もなく。
俺は盛大なため息をついた。一緒に暮らし始めてからしょっちゅうこんな案配じゃ、悟らないわけにはいかないじゃないか。
不本意だが認めてやるよ、天音。おまえに女の打算や演技はない。というより、まったくできない。できてない。そっちの課題のほうがむしろ大きいというか、まずい。
(いっそ姿見鏡まで引きずっていって確認させようか、この天然女め)
しかたなく、すぐ側にあった麻の大布を頭にくしゃっと乗せてやる。
「ふけ。いいから」
「ありがと、黄龍。あっ、でも、これってお皿を拭くふきんだけど」
そんな些末(さまつ)なことはどうでもいい。というか先刻承知だ。問題はそこじゃないだろうが。
「それよりね、聞いて黄龍、今日、教授から褒められたの! 初めて! なかなか進歩したってっ」
あー、目にキラキラ星が入っちまってる。
「……まさかとは思うが。それで我を忘れて濡れて帰ってきたー、とか言うなよ」
「え? なんで? だって嬉しくて、どうしても早く知らせたかったから……」
久々に全力で走っちゃった、と輝くように笑う天音に、不覚にも目を奪われてしまう。
そうか。だから途中で動きづらい白衣を脱いで、手に持っていたと。
……こいつ、本当にこれで二十二か?
おそらく今まで母親に箱入り娘でのんびり育てられてきたんだろうが、それにしたって、なんなんだ。
この純情無知さはもはや犯罪だ、これじゃ俺のほうが青臭い子供(ガキ)によこしまな感情を抱く変態オヤジみたいじゃないか。
「ふーん、よ、よかったじゃないか、連日徹夜したかいがあって」
「うんっ、ありがとう、みんな黄龍のおかげよ。諦めるなって励ましてくれて、厳しく意見もしてくれて。夜食まで作ってくれて」
熱に浮かされたように天音は勝手にぺらぺらしゃべっている。
もしかしてそれは論文をけなし、罵詈雑言を浴びせ、多少の気まずさから米麺汁を差し入れてやった時のことを言っているんだろうな――やっぱり、嫌味なしで。
「……いいから早くシャワーを浴びてこい。そうだ、浴室で歌いすぎるなよ、おまえすぐ集中力散漫になるんだから」
天音といると、なぜだかいつも調子を崩されてしまう。脱力感を抑えきれず、こめかみを押さえてそういうと、頭痛の種はまた、心臓を突き刺す凶器の笑顔でうなずく。
「うんっ、本当に本当にありがとう、黄龍」
そのまま、きびすを返すだろうとふんだ天音はーーいつのまにか、ありえない至近距離にいた。
「そ……?!」
俺の腕に細く白い指がかかり、ふわんと清潔で甘い香りが近づく。今朝はまだ、ひげを剃っていない頬に、赤ん坊のようにやわらかな頬があたる。
軽く唇を寄せてキスする音。
それはよく欧米人が気安い相手にする挨拶みたいなものだった。
おそらく、というよりまちがいなく、これはオリビエの教育に違いない。あの悪党め。
「つ……冷たいぞ、離れろ!」
つい尖った声が出てしまった。
「あ。ごめんなさい」
虚をつかれたような顔が、一瞬悲しそうに歪む。しまったと思ったが、かける言葉が浮かばない。
天音はすばやく俺から離れると、うつむき、それから気を取り直したようにふきんと白衣を握りしめると、足早に風呂場へ消えた。
やがて遠くシャワーの音と鼻歌が聞こえてくる。
――許すもなにも。
こちらは足音が遠のいてもまだ、ふうわり薫る柔軟剤の匂いが鼻腔に残って、心臓の悪鳴りが止まらない。
(くそっ、おまえの祖国には、挨拶代わりに抱き合う習慣なんかないだろうがっ)
いったいなにが原因だ。
気づけば天音は、どういうわけか俺を受け入れてしまっている。
(それほど親しく接したつもりも、優しくした記憶もないのに、なぜだ)
8に続く>>
【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 8 - Home, happy home
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