【自作ノベル】宇宙に浮かぶエリュシオン 8
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みなさん、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
10月最終週から、自作中編小説『宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン』を記事にしてます。
着想は10代の終わり頃。元原稿が2014年作。
気に入ってるストーリーなのでぜひこの機会にお披露目したい!と思ったのですが、この5年の間、ワタクシの腕も多少は成長していたようで、「これって……このまま載せられない~」と毎日修正中。
楽しんで記事にしていきますので、よろしくお付き合い下さいませ。
『西暦2122年。――一ノ瀬天音(そら)は、二十二歳の国際宇宙気象観測所、通称ISSOM研修生。
天音は研修補助員(サポーターズ)制度で同居するオリビエに淡い恋心を抱いていたが、オリビエは帰国することに。代わりに研修補助員になったのは三つ年上でベトナム出身の英才冷血宇宙飛行士、黄龍(ファンロン)だった。』
読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪
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宇宙(そら)に浮かぶエリュシオン 4-3(8)
こちらに寄せられる信頼は、まるで自分の父にむけられるような全幅の、と言い切ってしまってもよいくらいのもので。
正直、当惑を通り越し、もはや警戒の域にある。
――なにが天音を変えたのか。
(もしかして。あいつが変わったんじゃなく、俺が変わったのか)
そう考えた方がむしろ自然なことに気づいて、愕然となる。
(嘘だろ。オリビエの予感が的中した……?)
恋愛は大嫌いだった。本気で愛し合うなんてもっての他だ。そう割り切って生きてきた。
いや、百歩譲ってもこれは恋愛なんかじゃない、ただの愛情ってやつだろう。
ただこれまでの人生で、こんなに汚れていないやつと遭遇するのは初めてだったから。子供(ガキ)や飼い犬みたいになんの疑いもなく信頼されると、つい、むげな対応はできなくなったというか。
だからつまり、今は少し動揺しているだけで――。
(畜生、なんで言い訳まで考えているんだ俺はっ、ああ、いまいましい)
そう、あいつの身体から香る、柔らかい洗剤の香りは――久しく忘れていた、日なたのぬくもりを思い出させるのだ。
最初はたいした特技もなく、平々凡々とした目立たない女だと思った。
だが一緒に暮らしてみると、天音は存外、おかしな女だった。
窓の外に広がる地球を眺めては、あの下は快晴だ雪だ台風だ、と飽きもせず毎日天気を予測し続ける、あの熱意はいったいどこから湧いてくるのか。
人類の力で変えようもない天候を詳細に観察し、各国に報告と予測をする。たしかにそれがISSOMの存在意義だ。
しかしどんなにメカニズムが解明されても温暖化に歯止めは効かないし、ハリケーンだってなくならないじゃないか、くだらない、とある時つい本音を漏らすと、天音は真剣な顔をしてこう言った。
――ううん、くだらなくなんかないよ。気象ってものは、地域じゃなく地球全部ひっくるめて、一つで見ることにこそ意義があるの。そしてISSOMでならそれができる。だってこの果てしなく広くて漆黒の宇宙の中に、唯一完璧な命の惑星として浮かんでいるあの星だけが、私たちの還れる場所なんだから。
地球にいると私たちはつい、それぞれの祖国や周りの人たちのことばかり気にしちゃうけれど。こうして宇宙に上がって、遠くから地球を眺めてみると、あそこに住むすべての人たちみんなが一つの船に乗っている仲間なんだってよくわかる。
こういう愛おしい、大切にしなきゃって感覚は、ISSOMにこなかったら絶対に感じられなかったし……いずれ下に帰ったら、なるべく大勢に拡散して、共有しなくちゃいけない気持ちなんだと思う。
その時、俺は目が覚めたような気がした。
天音はけっして気弱なだけの女じゃない。
信じているのだ、本気で。
子供みたいにまっすぐな心で。
いつか世界が変われると。
気象だけじゃなく、植物への思い入れだって半端でない。まるで愛玩動物に対するように、よく鉢植えに話しかけている姿を見かける。
目が悪いくせに家では絶対に眼鏡をかけず(可愛いくないからだそうだ)、結局見えなくて妙なしかめっ面をして俺を笑わせるのも得意だ。
よく鼻歌も歌う。調子に乗った時はこちらが気圧される迫力でフリまでつけて踊る。
日本には誰でも知っている昔からの国民的幼児番組があるらしく、幼い頃その番組の中で子供と歌うお姉さんになりたかったのが、その理由らしい。
そうだ。認めないわけにはいかなかった。
天音といると嫌でも心が凪ぐ。気づけば笑わされている、この俺がだ。
今まで、こんなふうに時をすごしたことはなかった。なにかを突き詰めていない時間なんて、すべて等しく無価値だと思っていたのに。
あいつの側にいると、すすけた感情が浄化されるような気さえする。まるで乾期が終わる夕暮れ、大椰子の下から紫色した南シナ海を一瞥したときのように。
その時、急に死んだ母親の顔が目の前にちらつき、浮かんできた想いを力一杯、否定した。
(いや。悪い冗談だ)
――そうだ。あってはならない冗談だ。
天音が、あの売女と似ているだなんて。
シャツに手をやると、まだ湿った感触があった。鍋の中でぶつかりあう鶏骨の鈍い音が、やけに大きく耳に響く。
(冷静になれ、黄龍)
ざわつく腹の底を押さえつけると深呼吸した。
そうだ。それでいい。落ちつけ。落ちつくんだ。
幸いなことに天音はあの女じゃない。
今、母親を思い出す必要などない。
自分の気をそらすために壁面の液晶パネルに手をかざした。明るい映像がたちまち地球から送られてくる。
めまぐるしい色と音声の氾濫。
それでも、と唇をかみしめた。
――それでも俺がこの手で母を殺したのは、動かしがたい事実なのだが。
9に続く>>
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