育児主婦の思いを小説にしてみた『ステーショナリー・ワンダーランド』3
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初めましてのみなさま、こんにちは。
創作が大好きな、ゆきうさぎと申します☆
今週は、自作短編小説『ステーショナリー・ワンダーランド』を記事にしてます。
6回連作予定で、今日は3回目。
『夏休み、ショッピングモールの文房具屋に入った子連れ主婦・宇多子は、様々に並ぶ文房具を眺めながら、自分の来し方行く末をつらつら思い返していく――。』
読者のみなさま、ひきつづき、物語をお楽しみ下さい♪
ちなみにゆきうさぎ、10代のころから創作を始めまして、途中ブランクありましたが、もう10年以上は小説を書いてます。
懸賞小説にもときどき応募したり。予選に入ったり。そんなレベル。
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ステーショナリー・ワンダーランド 3
(で、うちの子たちはどこへ行っちゃったの)
他に必要な文具はなかったか気にしながら、きょろきょろ周囲を見回す。
子供たちは影も形も見当たらない。
ペンの隣には消しゴムやら長時間持っても疲れないシャープペンシルなんかが並んでいた。
ざっとそれらを眺めて行き、宇多子は思わず微笑んだ。
見覚えあるブランドのシャーペンの芯。
――悪りぃ宇多。また芯、切れちった。
瞬時に心によぎるのは忘れもしない坊主頭。
中学三年になってから背がぐんと伸びたせいで、詰襟の学生服が少しきつそうだった。
――一本でいいから恵んでっ。このとおり。
黒く焼けた頬に白い歯を見せ、中村俊一(しゅんいち)は両手を合わせると、そう言ってよく宇多子に頭を下げた。
――なんだよ、小難しい本読んでんなー。なにそれ『星の王子様』? へぇ、おまえってそういうのが好きなんだ。
根っからの野球馬鹿で、授業中、熱心になにか書いているふうでもないくせに……あまりにたびたび俊一が席を訪れるので、ついに宇多子は休み時間に少年を廊下に呼び出した。
――中村くんさ、替え芯ないならこれ、よかったらケースごとあげるよ。私じつはもう一つ持ってるから。
あの日、窓の外は曇天だった。
梅雨入り寸前の水気を含んだ風が、開いた窓の隙間から廊下に吹きこんでいた。
どこからか流れてくる合唱コンクールの課題歌。
階段を駆け上がる音。
ざわめきと歓声、一斉に椅子を引く音。
半分は親切心で、半分は面倒でケースをさし出すと、笑顔だった俊一はとたんにむっとした表情になった。
――いらねえよ。そんなん。
なんで、と驚いて聞くと、俊一はますますけわしい顔になって言った。
――ったく、本当にわかってなかったのかよ、鈍感。あのなぁ……それもらっちまったら俺、おまえに話しかける理由なくなるだろ。
その時なんと返したのか、宇多子はまったく覚えていない。
俊一を嫌いではなかったけれど、特段好きというほどでもなかった。
けれどその日から卒業するまで、少年は確実にただの同級生以上の存在になった。
つき合うとかキスしただとか、恋愛に関してもっとずっと進んでいる女子もいたけれど、そのころの宇多子はまだ恋している自覚すら希薄だった。
記憶にあるのは俊一が部活を引退して、何度か一緒に下校したことと、夏休みに一度だけ映画を見に行ったことくらい。
あとはしだいに進路やら受験やらが生活の大半を占めるようになり、気づけばもう冬の終わりを迎えていた。
――宇多、ありがとうな。俺この一年間、おまえと一緒のクラスになれて、ホント楽しかった。なんか色々、借りっぱなしでごめん。代わりに……これ、やるよ。
卒業式のあと、そう言って俊一は宇多子の手のひらに金ボタンを落とすと、照れたように笑ってじゃあなと走り去った。
どこまでも爽やかで甘酸っぱい青春の一ページ。
(あの時は、何もわかっていなかったな……)
人生にはけっして取り逃してはならない『絶対タイミング』が何度かやってくる。
二人の目が最後にあったあの瞬間(とき)、宇多子がもっと明確に「私、中村くんのことが好き」とか、「また会いたいから、連絡していいかな?」と一言返してさえいれば。
初恋とオサラバすることなく、なにかちがった展開が開けていたのかもしれない。
あのあと俊一は野球の強い男子校に進学した。
血のにじむような練習を経て甲子園へもあと一歩だったと誰かに聞いた記憶がある。
(そういえば、あの第二ボタンってまだ、実家の机の引き出しに……)
宇多子は大学に入って浩介(こうすけ)と知り合うまで恋愛とは無縁だった。
俊一が卒業式の日、金ボタンなどくれなければ、宇多子だっていつまでも勉強机の引き出しの奥なんか気にせず、さっさと新しい出会いに胸ときめかせていたかもしれないのだ。
それでもこうしてオバサンになってもまだ、心震えるみずみずしい時代を追憶できるなら、あの時もらったシャーペン芯の駄賃はけっして重たいものなんかじゃなかった。
その4へ続く>>
育児主婦の思いを小説にしてみた『ステーショナリー・ワンダーランド』4 - Home, happy home
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