【在住体験記】ベトナムってどんな国? 3年暮らしてみて、思ったこと⑥
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みなさん、こんにちは。
ゆきうさぎです。
私はベトナムに、かつて3年住んでいました。(ドイツには6年住んでいました)
この間に息子を妊娠、出産し、当地には色々な思い出がありますが、今回はおもに日本との暮らしの比較と生活体験談をベースに書いており。
ちょい間が空きましたが、ようやくまた、ベトナム体験記に戻ってきました!
と言いますのも、ここのところ、コロナの余波で子供の休校延長、緊急事態宣言で夫のリモートワークと家事育児+新単元の勉強を教えることまで加わって、毎日が労働過多状態。
私と同じ子供を抱えているママさんブロガーさんたちも、更新頻度が下がっている気がするので、おそらく同じ状況なんだろうな~、と思ってます(^_^;)
でもたぶん、こんなこともう一生にあるかないかだと思うので。
なんとか乗り切りましょうねっ!!
それでは、どうぞ☆
ヤモリ、浴槽水面を走る
(写真:連絡船で対岸へ渡る人々。ヤモリとは関係ない、ただのベトナム風景 笑)
ヤモリ。。。通称「ゲッコー」と呼ばれるあの両生類。
日本ではおうちを守ってくれる、ありがたい(?)小動物ですよね。
しかしベトナムでは、ヤモリは家に我が物顔で棲みついている居住者でした。
家の外壁にも中壁にも無数のヤモリ。
昼夜問わず、「ケケケ……」「ケケケ……」と鳴く声がいたるところから聞こえてくる。夢の中でも聞こえる、あの「ケケケケケ……」。
日本ではハエが一匹家の中に入ったといっては追い回し、ゴキが一匹出たと言っては大騒ぎしますが、ベトナムではヤモリが一部屋に数匹いようが、お構いなしです。
そんなヤモリたち、とにかく数多かったので、畢竟、生態にも詳しくなった次第。
台所を根城にしているのは、だいたいデカヤモリ三匹です。
なぜ台所を根城に出没するかといえば、彼らの狙う三角コーナーの生ゴミがあるから。
ここは安定して食糧確保できるため、小さいヤモリは縄張り争いで外に追いやられ、だいたい三匹か四匹の強者だけが台所を占拠していました。
しかし毎朝朝食作りにいくたびに、三角コーナーから騒々しくヤモリが飛び出し、ついでに生ゴミも飛び散るのに辟易した私が、ついに漬け物を作る蓋付きホーロー容器を日本から取り寄せたので、以来デカヤモリの抗争は下火になりました。
また、ある日にはこんな事件も起こりました。
日中、娘が幼稚園で作ってきたカップケーキを、ビニール袋に入れたまま、食卓において就寝。
そして朝になってみると、なんとビニール袋の中にケーキと、それを食い荒らしたヤモリが「釣れて」バタバタしている!
当然、娘は泣きました「私が作った、私のおやつなのに~~!!」、しかしもう、あとの祭り。
ヤモリはビニール袋内でじたばたしながら、そのままゴミ箱にぽいされました。
教訓。お菓子は絶対に食卓に出しっぱなしにしてはならない。
またある時は、夕飯を食べていたら、天井に張りついたヤモリが食卓に落ちてきたこともありました。
唐突に、ぽとーん。
「ぎゃーっ」
夕飯を故意に狙ったのか、それとも不注意で落ちてきたのかはわかりませんが、そいつがただちに机の上から排除されたのは自明の理であります。
(写真:カンボジアで購入したヤモリちゃんの手作りマグネット)
ことほどさように、家の中に生息するヤモリたちは、だいたいは壁に張りついてこちらの様子をうかがいながら「ケケケ」とか言ってるだけなのですが、たまに想像の斜め上な行動をしかけてくることがありました。
それに比べるとチビヤモリは動きも遅く、弱々しい存在。
だから家の中にいても「チビは放置しよう」「どうせたいしたことはないから」といつも注視されることもなく存在していました。
しかし廊下やトイレなど、邪魔なところにいるとなると話は別で、「申し訳ないけれど……排除します」と、よく私にハエ叩きで叩かれ、ふにゃりとのびたところを、外ポイされ。
娘はたいがい泣きました「赤ちゃんなのに可愛そう~、ママひどい~!」
「え。でもこの間ケーキ食われてあなた泣いたし」
「赤ちゃんヤモリと、ヤモリはちがうのっ!!」
……どうやら娘、デカヤモリは嫌いだったみたいですが、チビヤモリは仲間だと思っていたようです。
そんな娘と私を最高に驚かせたのが、ある夕べ、浴室にいたヤモリ。
エアコンの通風口のスキマなどから、しょっちゅう出入りしてくるヤモリでしたが「浴室には餌もないし、まあ放っておこう」とその日も放置されていたのですが。
その日なにを思ったか、なんと天井から突然、浴槽にダイブしてきたからたまりません。
「ぼちゃん」
「え、え、何事?!」
「わっ、ヤモリがお風呂に浮いてる……」
「ぎゃーっ」ところでヤモリって熱いお湯、大丈夫なんだっけ??
するとヤモリのほうでも釜ゆで寸前状態に気づいたのか、なんと、いきなり目にもとまらぬ高速で、浴槽の水面を走り抜けたのであります!
「えっ、ヤモリって水面を走れたんだ!!!?」驚愕。
そいつはそのまま、必死でエアコンの通風口から外へ逃げていきましたが――。
私は今でもあの時、あれからあのヤモリがどうなったのか、やけどはしなかったのか、気になってしかたがありません。
あと、なにが嫌って、ヤモリってフンもするんですよね。
部屋のそこかしこにフンが落ちてるの。
それをティッシュでいちいち拾って捨てるのが面倒で~。
まだ子供が小さい時だったので、衛生面は気になってました。
ただ、たとえるなら、ネズミを超絶極悪犯罪者だとするならば、ヤモリは出来心の万引き小僧ってところでしょうか。
とにかくネズミは全力排除ですよ。なにせ、やつは死病をつれてきますからね。コロナじゃないけどコロナ並に怖い。
しかしヤモリは「目の前でなにをするかわからない、びっくり野郎」程度だったので、こちらも終始「我がテリトリーの範囲内に入ったら即強制排除、しかしそれ未満なら目こぼし可」な対応でした。
ちなみに外壁にくっついているのは、家の灯りに引き寄せられてよってくる虫を狙って食べているからなんですが、家の中に入ってくるのはだいたい生ゴミを漁りたいとか、スコールで雨宿りをしたいとか、そんな感じな時だと思います。
そんなこんなで、長らく彼らとお付き合いするうち、だんだんヤモリの気持ちもわかるようになり――。
よく東南アジアにいくと、有名ホテルの壁にもヤモリがびっしりいたりしますけれど。
あの中で暮らしてすっかり慣れてから日本に帰国した身としては、たまに夏場にヤモリが出てくると
「お~、ヤモリちゃん☆」
「元気だった?」
「冬眠は、どこでしてるんだろうね~~?」
などと、まるで懐かしい旧友に会ったような心持ちになるのでありました。
コオロギの思い出
(写真:我が家の庭。いつも花が咲き乱れていました)
今日はこんなネタ続きで恐縮であります。
しかしどーしてもコオロギについて語りたい。お許しあれ。
私が住んでいた家は、戸口の下にスキマの多い家でした。
なのでヤモリも有象無象も、わりとこの戸口下から室内に侵入することが多かったのですが。
冬シーズンになると出没する虫というのがいまして、これがコオロギです。
コオロギと言っても、日本の三倍くらいはあろうかという、かなりでっかくて黒々とした、トノサマバッタ弱くらいの大きさのコオロギであります。
みなさん、コオロギってまじまじと見たことってあります?
あいつ触覚は長いし、身体は黒いし、足はとげとげしてるし、そこはかとなくゴキっぽくないですかね?
その巨大コオロギがですよ、朝になると一階にうじゃうじゃいるんですよ。
どういうわけか、室内に入って来ちゃうんだなぁ。
で、元気だから飛ぶわけです。1メートル以上は余裕で。
だけど室内は絨毯がしいてあるから、あのとげとげ足が絨毯に引っかかるんですよ。で、足が落ちる。
片足になった本体がうごうごしているわ、足は落ちてるわ。
それが一部屋に毎朝、十匹弱いるわけ。
こっちが近づくとばっ、と飛ぶし。
で、必死になってとりあえず近くにあったゴミ箱をかぶせたはいいが、ぶばん、ぶばんと暴れ狂ってるそいつを、さあ、これからどうしたらいいのかわからない。
で仕方が無いからメイドさんが出勤してから「こういう虫を、こうやって捕まえて、今ここにアライブしてるやつがまだいるんだけど」とゴミ箱を叩くと、ぶばん、ぶばんと応える。
「お~、なるほど」
「こいつを捨てて欲しい、外に」
「わかった、了解」
それからメイドのおばちゃんは私にとって忘れられない一言を吐きました。
「でも……このコオロギ、北(北ベトナム)じゃ食べるんだけどね~」
えっ。(゜o゜;;
この瞬間、ああダメだ、と私は確信しました。
だって日本人的感覚からすると、コオロギはあくまで「良い声で鳴く虫」であって、この虫を見たとたん食材になる、とは思わない。
つまりベトナム人から言っても、コオロギを見て=いい音色の虫だなと直感的に感じることはゼロなわけです。
こういう現地とのどうしようもない感覚のずれって、けっこう海外にいると遭遇することがあるのですが。
私は肌身で感じる感覚のずれって、わりと重視していて。
こういう差異が結局は、大きなところでもわかり合えない部分につながったりするんだよな。
「私はあくまでここでは外国人」「ベトナムに慣れることはできても、おそらく彼らと同化することはできないな」
と、この一言でなにか悟った感があって。
大げさだけど、おそらくここが私のターニングポイントだったかもしれない。
これ以降はひたすら「他国にお世話になっている外国人として、恥ずかしくないように振る舞おう」という気持ちが強くなりました。
ちなみにこのコオロギ、メイドさんが自分が捨てるのかと思いきや、ちょうど水のボトルを届けにやってきた見ず知らずの十代の少年を室内に引き入れて「ホラ、あんたがやってちょうだいよ~」←あっ、出た、ベトナムおばちゃんの若者荒使い。
少年はしかたがないなー、日本人の女の人って虫もつかめないのかよ~、みたいな苦笑を唇に滲ませると、ゴミ箱から軽々と暴れ狂う黒い虫を捕まえるや、外へ放り出したので私、思わず娘の飴を2,3個あげちゃいました。ああ私もオバチャン的。
いやあ、しかしベトナムの十代ズってよく働くし、頼りになるんだよなぁ。
少女ちゃんたちは赤ちゃんも幼児もあやすの得意だし。少年くんたちは、高い椰子の木に登って実をもいだり、ナタでなにか小道具を作ったり、物品配達したり。
日本で同年の少年少女たちっていうと、ゲームしたりお勉強したり、ケータイいじったり、街で遊んだりしてるところしか見かけないので、ほぼほぼ子供ってイメージしかないのですが。
東南アジアの同年代ズはティーンともなれば、もうけっこう大人並みの労働してて、しかもその瞳はキラキラと純粋だし動きは俊敏だし、労働の担い手として十分、若い力を発揮しておりますよ~。がんばれ、負けるな、日本のティーンエイジャーたち。
庭に植わっている果実は誰のモノ?
(写真:我が家の庭にせりだしている、隣家のマンゴーの木)
はい、まずはこのマンゴーの木。
この木は隣の家の地面に植わっているのですが、木全体の約半分が我が家の敷地内にありました。
ではこの実は誰の実なんだろうか。というところで、日本だとおそらく所有者は隣の家の人の物なんだと思われますが。
はっきりいって、この実は100%うちの庭からしか、もぐことができない。
というわけで、毎年マンゴーがなると、この実をもいでいたのは我が家の守衛さんたちでした。
守衛さんたちは庭の手入れもしていたので、まあ彼らにも取り分はなくはない、かもしれません。
隣の家の人も別になにも言ってこないし、守衛さんたちは庭に生えている木の実はだいたい自分たちで消費していたので、私もなんにも言わずにすごしておりました。
するとある日、うちのメイドさんの友達のメイドが庭にやってきて、大声でなにかしゃべりながら、棒をふりまわしはじめた。
この友達メイドはずいぶん遠くの区画に住んでいる日本人が雇っていたメイドさんで、とにかくここら近辺で働いたり住んだりしている人ではありません。
そうこうするうち、この友達メイド、いったん消えたと思いきや、またしばらくしたら見知らぬ若い少年を引き連れてやってきて(ホントに若者を使い倒す国だなー)、魚取り網なんだかなんだかわからぬ網を広げさせ、我が家の守衛さんもまきこんで、みんなでこの隣家のマンゴーを棒で落とし始めた。
そして、あらかたこのマンゴーを我が物にして持ち帰りました。。。(゜Д゜)驚。
ちなみに一部始終を窓から見ていた私には、取ったマンゴーが二つきましたので(一応、家主に遠慮したのかなー?)、私はその一つを買い物に出ていた、うちのメイドにやりました。
いや~、しかし。
よくよく考えてみると、これは一体どういうことなんだ?
縁もゆかりもない(いや多少はあるのか)家の敷地にあがりこんで、その家の所有物でもない植物の実を収穫して持ち帰ったオバサン。
しかもそれを為すために、うちの守衛と、出所不明の少年を労働させてるわけでしょ。
うーむ、こういう自由すぎなアバウトさは今の日本ではまず、ないなー。
おそらくベトナム南部はものすごく豊かな土地なので、こういうことがまかり通るのかもしれない。
だって本当に、マンゴーだってこの木一つだけでありあまるほど実っているわけです。この木ってそもそも収穫用に植えられたわけでもなんでもない、ただの庭木なわけですが、そういう木が街中いたるところに生えている。
そして地元民はわりと「どこそこの木の実はまずいけど、あっちの家の木はうまい」とか知ってるんだよな。
これはうちの敷地内の話ですが、ロンガンの木というのも、生えていたんですね。
ちょっとライチにも似た実がなる木なんですけれど。
うちのロンガンの木は「小さいけれど甘い木」として有名(?)だったようで。
実がなると、なんだか有象無象がうちの敷地内にいる~(誰なの、あなたたちは)。
一番多いのは水を運ぶお兄ちゃんたちでしたけれど、彼らは軽トラックでよくくるんですね。
するとその軽トラの荷台に複数人で乗って、ロンガンの実をあらかたもいで持って帰っちゃうの。
で、えーとスミマセンがほんと、どちらさまでしたでしょうか、お兄ちゃん方。
おそらく水の会社に勤めているのは顔見知りの二人くらいなんですが、そのにーちゃんずの友達だか親戚だかが、うちのロンガンをもぐためだけに軽トラの荷台に乗ってやってくるわけで、もー、ほぼ他人。知らんがな、誰ですか、不法侵入ですよね、まあいいけど。あっはっは。←私もかなり適当
ちなみに、うちの敷地内には椰子の木もあったのですが、椰子の木は守衛室のすぐ脇に生えていたので、実が実ると守衛さんが外を歩いている見ず知らずの少年を呼び寄せ、ナタを持たせ「よし、取ってこい!」と鼓舞している風景も、時折見かけました。
少年は嫌そうでしたが(そりゃそうだ、だってただ外を歩いてるだけなんだから)、ベトナムでは年長者の言うことは絶対な部分があるからか、しぶしぶビーチサンダルを脱ぎ捨てるや、ナタを腰にはさんでするする登り始め、椰子の実をいくつか収穫し。
なんてことも、普通にありました(゜o゜;;
椰子の木はすごく大きくて三階くらいの高さにしか実もなってないのに、命綱もなく少年をあがらせて、下からやいやいはやしている守衛のおじさんたち。
きっと自分も昔、そうやって上の人たちから使われたんだろうな~。
で、私が窓から眺めていると、「椰子の実ほしい?」って持ってきてくれるんですが、こちとら椰子の実を割るような道具は持ち合わせていない。
「え、えーと、包丁しかないんだけど」
「なに、ナタを持ってないのか」
「だって……使えない、そんな大きなの~」
「へえ、日本人はナタも使えないんだってさ、はっは」
ってなにやらそのナタ、刀くらいの切れ味で長さですよね、それで人を殺せそうな感じですよねっ、そんなの普通の日本人専業主婦は持ってないってばさ、恐ろしや~。
あわあわしていると、ふっと笑って「あんた、子供みたいだなぁ」と椰子の実をナタで割ってくれる、親切な守衛のおじさん。
器用に力強くリズミカルにナタを使いこなしていて、なにか私は「はっ、男の人って格好いい……」と思ってしまいましたとさ。
現代日本の都会でナタふりまわしてる男性なんて、まず見ないですからね~。
やっぱり男の人って、パソコンいじったりスマートに論説ぶってるより、女にできない力仕事をやってる時が一番、わぁ適わないな~と思うというか、頼もしく見えるかもしれない。。。
と、調子に乗って書いていたら、もう7000字超えたので、今日はここまでとします。⑦に続く。次回もお楽しみに。
おまけ・爽快な歌
しばらくお休みしていたこのコーナー。
鬱屈感漂う世の中をなんとか少しでも明るく~をモットーに、ゆきうさぎお気に入りの歌を紹介しております。
十一曲目は「Owl City-Verge ft. Aloe Blacc」
最近、病が本当にすぐ身近にまで蔓延してきて、自分の世界がどんどん狭まってきているのを感じています。
だけど、ここさえくぐり抜けたら、この先にはまた広々とした明るい空と海と大地がどこまでも広がっているんだと信じているから。
なんとか皆で力を合わせて、前に一歩づつ進んで行きたいですね。
それでは、また。
ごきげんよう。