帰国子女も楽じゃない『エイリアンな彼女』1【短編小説】
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みなさま、こんにちは。ゆきうさぎです。
ここ1ヶ月、ずーっと詩エッセイ「夢のたびびと」シリーズを書いていたのですが、その中に「涙はどこからやってくる?」という詩と、帰国子女にまつわる実体験話を書きました。すると、
けっこう読んでくださった方がいらしたので、「これを小説にするとどうなるか。」みたいなものを、今度は記事にしようかと思いました。
ゆきうさぎは10代のころから、ずーっと小説を書いてました。
大学時代は何回か出版社の新人賞の予選にも入ったりしていたのですが、入賞はできなかったので、そのまま就職し、退職するまでは仕事一筋。
文筆はひたすら仕事関係で、小説書きは10年以上、封印されていました。
転機が訪れたのは退職後。
最初のブログを始めて、2年ばかり詩や日記などを書いていたのですが、そのうちあるプロ詩人の方からご指摘を受けました。
「ゆきうさぎさんは、本当は詩じゃなくて物語が書きたいんじゃないの?」
それではっとし、あ~、やっぱり私は小説を書くほうがむいているのかも、もう一度トライしてみようかな、と思いまして。
以来ずっと小説を書いてました。どこにも所属せず、公開もせず。
そんなわけで、手元に未発表の原稿がまだたくさんありまして、これを少しづつ公開していけたらいいなぁ~、と思っているところです。
今回の短編は、東京の中心にある女子校を舞台としたお話です。
事実と虚構を織り交ぜて書いてあるような、そんな感じ。
お楽しみ頂けたら嬉しいです☆☆
エイリアンな彼女 1
――私の身体の半分は、死んでいる。
齋藤(さいとう)菜々緒(ななお)、十七歳。
都内有名私立お嬢様校に通う高校二年。好きなモノ嫌いなモノ、特別なし。
成績まあまあ、体力並、人と比べて明らかにちがうところ――背が高い。
ただし人に言えない苦手が、じつはたくさんある。
小気味よく寒い晴れた二月の朝、通勤電車で混雑する駅へむかう。
駅は毎朝、郊外から都心へ向かう乗客で大混雑している。
身体の具合が悪いのだろう、ホームをヨロヨロ歩く老人を、あからさまに邪魔そうによけていくサラリーマンたち。
飛行場並みにホームが広ければこんなに殺伐としないのに、と思いながらやってきた電車に乗りこむ。
乗車率百三十パーセント――これ以上乗れないと思う後から、まだ十人は人が押しこまれてくる。
殺人電車というより、もはや人を人として扱っていない家畜列車だな、と思いながらつり革をつかんだ。
母の朝ご飯が胃もたれをおこすような、すっぱくて苦い大人の油臭に包まれながら、ようやくついた東京駅で乗りかえて、地下鉄をまた数駅。
いいかげん人に酔ったころにやっと待ち合わせの場所にたどりつくと、
「菜々緒、おっそーい! 遅刻!」
「ごめん、由真。葵は?」
「先、行ったよ! 今日、生活指導の関屋先生が校門に立ってるって、ラインきたって」
ああ、とうなずいた。
まだやってるんだ、葵も。がんばるなぁ。
菜々緒の女子校は明治時代からの伝統校で、終戦直後くらいから、冬は紺のPコートに紺ボタンと指定されている。
ただ一年の時から同じクラスの梶谷葵は、よく規定を見ずに最初に紺地に金ボタンのコートを買ってしまった、のだそうだ。
以来、朝、校門で服装チェックをする先生が立っている日には、テニス部で培った脚力をフルに発揮し、猛然と前を走り抜けることにしている。
「いい加減、金ボタン、つけかえればいいじゃんねー」
呆れた口調で坂口由真が呟く。
「でも葵、あの金ボタンが気に入って、コート買ったって言ってたよ」
「だけど、初めから校則違反っしょ?」
「だけど全然、意味のない規則だよ?」
真顔で切り返すと由真は困ったような顔で笑って、するっとちがう話題に切りかえた。
――ああ、また言っちゃいけないことを口にしてしまったんだ、と心の中でため息をつく。
菜々緒は帰国子女だ。
小学校四年の春から中学三年まで六年間、ドイツに住んでいた。
そうカミングアウトすると、大概の日本人はおやっという顔をする。
それから先の反応は様々だ。
どういう処だった、ドイツ語しゃべれるの等々、純粋に興味を持って質問してくる相手。
だからなに、自慢してるわけ目立ちたいのムカつく、と妙に敵対的になる相手。
好意的に思われようと、反発されようとも、菜々緒にとっての海外生活は不可避の事実でしかない。
だって子供は生まれてくる場所も親も、親の仕事も選べないのだから。
ただ――日本(このくに)に帰国してから、激しく気づいたことが一つあった。
いつも普通に米の飯を喰らって排泄して、日本人(このくにびと)でございって顔で暮らしているけれど。
私の半身は異世界人(エイリアン)だ。
この身体の半分は、どうしようもなく……もうすでに異世(ことよ)と同化してしまっていた。
菜々緒たちの学校は小高い坂の上にあった。駅から長い道を上がっていくのだが、その間にほぼ車のこない三叉路がある。
この信号を菜々緒と葵の二人はいつも、停車中の車がないかぎり無視して一定速で渡る。
――赤信号、みんなで渡れば怖くない。
理由はそんな小学生みたいなつまらない反抗心からじゃなく、ドイツでも、葵のいたアイルランドでも、信号は道路標識ではあるけれど、標識は正義じゃないからだ。
赤だから止まっていれば絶対に安全だとか、青だからどんな場合でも進んでよいという概念がない。
自分の状況判断で先を進む、道を歩く時はそれが第一。
やみくもに信号に従えば正解という由真みたいな感覚に慣れてしまうのは、考えることを放棄した宗教信者みたいで怖い――だから常に注意しているのは障害物で、無意識に道路を横断してしまうのだけれど。
「……あれ、今日は渡らないんだ?」
赤信号の前でつと止まった菜々緒を見て、由真が不思議そうにたずねてきた。
「うん。今日は由真と一緒だから、気づいた」
「へえ」
意外そうな顔をする由真。
「……好きで和を乱してるわけじゃないから」
「うん。……それは、わかるよ」
私も小学校時代は転校生だったからさ、と由真は笑う。その反応に少し救われた気持ちになって、菜々緒は青になった信号を渡った。
ことほどさように、特に目立ちたいわけでも校則に反抗したいわけでもないのに、菜々緒の感覚は周囲とずれてしまっていた。
その2に続く
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